助けた少女の名は
リンネ・ソロ。
薄い栗色の髪の毛をした少女は、僧侶としてギルドの活動をしていた。
後衛の要とされる僧侶は、比較的安全な立ち位置でパーティに必須と言われるほどの高い需要から、近年では飽和状態となっている。
高い教養も必要とされているが、それでも目指す者は多く、特に女性人気が高い傾向だ。
街にある酒場の一角。
年季の入った木造りのテーブルと椅子が立ち並ぶ酒場は、常に活気に満ちている。それも当然で、街一帯を占めるギルドの内部にそれを構えているのだ。
比較的、端の方に座るテオとリンネもまた、その喧噪の中に包まれながらいた。
「そっか、僧侶は人気だものね」
報酬の銅貨20枚で用意した料理を並べ、テオはにこやかに微笑んだ。
もってきた料理は、果実酒、猪の乳焼き、春野菜と猪肉の腸詰め、モツと果実の煮込みと、見事にバランスが悪く、男が好むメニューだ。
これでもテオは春野菜を選ぶ等、気を遣ったつもりではある。
しかし、先ほどの慌てぶりはどこへやら、リンネは借りてきた猫のように座り込んでいた。
「はい……、それで仕事も少なかった時に……誘われまして」
「別ギルドからのオファーがあったんだね。実際、紹介もしてもらった、と」
甘く華やかな香りの広がる果実酒を口に含み、テオはうんうんと頷く。
僧侶として練度が低く、共に行く仲間もいない彼女が、満足な活動を行えていなかったのは当然なのかもしれない。
何よりも、若い僧侶というのは癒やし手の判断に欠けることから敬遠されがちだ。
「紹介先は、教会のシスターだったんです……。そこの司祭様にも目の前でお会いして、紹介してくれたんですよ? だから紹介料を払ったんですが」
リンネはうつむくと、前髪に隠れた瞳が潤んだ。
彼女の話を聞きながら、テオは話の概要をどことなく察していた。
「そのまま紹介してもらえなかったんだ」
「はぃい……! それでお金を返して貰おうとしたら、断られて、その分を働けってさっきの人らを紹介されたんです……」
「……なるほど」
少女に果実のジュースを渡しながら、テオは頭を抱えながら納得した。
そう、たまにあることなのだ。
法外な行為を生業とするギルドが現れることは、珍しいことではない。
「ちなみに額は?」
「…………銀貨10枚です」
テオは素直に驚いた。
年端のいかぬ少女にとっては、生活を切り詰めるほどの大金であったことだ。
しかし、衣食住の保証された教会業ならば、それでも格安と言える。
「でもでも、司祭様はすごく優しい方でした! 紹介された時も、これからに期待します、って言ってたんですよ!」
その言葉に、テオはもしかしてと言葉を濁した。
「もしかしてだけど。
司祭に紹介されたとき、この子はとても信仰心が強くて、とても穏やかな心をもった子で、人格者でー……、とか褒めちぎっていた?」
「……? はい……そのような感じで私のことを紹介してくれました」
やっぱりと納得して、テオは眉をひそめた
なんてことはない、言葉を巧みに利用しただけの[詐欺]だ。
「それは多分、騙されたんだね。君には仕事を紹介すると言ったのだろうけど、その司祭にはそう伝えられてなかったんだ」
「え……?」
「例えば、我がギルドの僧侶を紹介したい、と事前に伝えるんだ。
そうすると、司祭のほうには同士を紹介されただけと思ったんじゃないかな」
「……」
そんな、とリンネの顔に絶望の色が浮かぶ。
そんな気持ちを察しながらも、ばつが悪そうに酒を飲んで、テオは続けた。
「そしたら後は君にこう言う。残念ながら、向こうのお目にかからなかったと。お金を払わせた後に、だ」
全く腹立たしいと、テオは酒を飲む。
何も知らない若者や、金はあるが冒険者から脱したい中堅層をターゲットにした詐欺だ。
王都ならいざ知らず、教育の整っていないこの地域では見かけてしまう。
「そして金の返却も求められず、払われた分の仕事を紹介されるけど……、難癖をつけたり、無茶な要求をして、一生認めないつもりだろうね」
普段ならば、なめらかな口当たりと柔らかな余韻の酒に酔いしれるところが、今日はそれも望めないようだ。
気づけば、少女の顔が蒼白としていた。
「えっと、リンネさん……」
「……ぁ、…………ありがとう、ございました。テオフラトゥスさん……」
生気を失ったような、かすれるように細い声だ。
その声に、胸が痛んだ。
久々に会話したせいだろうか、テオもまた相手の気持ちを考えられないままに話してしまった。
「リンネさんは、以前のギルドは……」
「……依頼をずっと受けてる状態で、す」
複数のギルドで同時に依頼を受けるのは不可能だ。
おそらく、この先も脅されながらその状態が続くだろう。
少女も絶望の中で察していた。このまま飼い殺される未来を。
(依頼を断り続ければ、信用情報に傷が付いてしまうし……。)
全てのギルドで共有される信用情報は職業も勿論のこと、仕事の情報と様々で、傷が付けば他のギルドで依頼を受けにくくなるはずだ。
それを重ねてしまった冒険家の末路は悲惨なものが多い。
――なら、どうすればいいかなんてのは決まっている。
「リンネさんに一つ聞きたいことがあるんだ」
樽香と果実の甘い余韻に浸りながら、努めて明るい声でテオは笑う。
獰猛な獣を思わせる黒眼を蠢かせ、口の端を吊り上げて――
「そのギルド名を教えてもらえないかな」