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異世界でただ独りの無職称号《ノービス》  作者: 東雲部長
Episode.1 『手始めに少女から』
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これからの目的


 湯治場の騒動を経て、夜もすっかりふけて人々が寝静まった頃だ。

 開かれた窓から入る夜風が火照った身体を冷ますように、宿屋にある一つの部屋――ステラ・アーウィンの部屋に吹いていた。

 そこに招かれたテオとリンネの火照った身体が、湯治場の件からあまり時間が経っていないことを示している。


「遅くに申し訳ありません。実は……、先ほどテオフラトゥスさんと交わってからというもの私の頭を離れなくて」


「まままま交わるってなにいってるんですか!」

「リ、リンネさん……落ち着いて」


 あわあわと目を回すリンネの身体から、熱が冷めるのはいつになるだろうか。

 誤解を招く表現に気づかないのか、夜風に揺れる金髪を揺らしながらアーウィンは一礼した。

 騎士らしい、恭しい一礼だ。それと同時に真摯な瞳がテオへと向けられた。


「本来、私が依頼した内容はここから東へと進んだ先、国境を越えたラントバリに続く道まででしたよね」

「はい、ラントバリなら、ここから三日ほどって私は聞いてます」


「ラントバリ……」


 王都へと続く東道を守るように構えられた、城門都市ラントバリ。

 少し前は、多くの流通経路として賑わっていたというが、近年統治に就いた男の政策が劣悪なものと噂され、その治安も乱れきっているという。

 そこへ続くまでの正道ならば安全ではあるが、中の方が危険という不思議な街だ。


「その依頼を変更し、ラントバリの先、王都アイズシュテットまでお願いしたいのです」

「……えっ、私たちがですか?」

「はい。自己評価が高いようですが、私よりも強い方がご一緒ですと安心ですから」


 頼られるような視線を感じて、その威圧感にテオは苦笑した。

 しかし、王都アイズシュテットまでとなれば笑っていられない。報酬の銀貨5枚では足りないほどの旅費も掛かり、その道も厳しいものになるはずだ。

 それを決めるのはリンネだが、同じように彼女も言いよどんでいた。

 

「あの……でも私はまだ僧侶として道が浅いんです。その……」


「……はい。当然ながら報酬もつり上げます。成功報酬は、成功時に金貨100枚で支払います」


 「ひ、ひゃくっ!?」と驚きに飛び退いたリンネだが、その額を知り、尚更に踏みとどまってしまうような恐怖を感じていた。成功時という言葉に、金貨100枚という莫大な額は、先の危険性についてを強く物語っている。


「えーっと……んー」


 ひとしきりリンネが悩み出した頃だろうか、それを見守るようにしていたテオに、ステラの真摯な視線が投げつけられていた。


「テオフラトゥスさん、リンネさんには失礼ですが、もしよろしければ貴方だけでも付いてきてほしいのです」


「……自分は無職なので、そのような依頼を受ける基準に達していませんよ」


 深い蒼浪とした瞳の中に懇願と脅迫めいた強さを隠していたが、テオは相変わらず自嘲気味に笑った。

 こちらを危険に晒すことを承知の上で、それでも着いてきてほしいというのだ。しかし、それが生半可な覚悟で紡がれた頼みではないとは理解できる。

 見据えられたステラ視線が、やけに重苦しく感じてしまう。


「――、俺は……、何も目的がなくて」


 リンネに出会うまで、彼はただただ生きていた。

 そこに目的があったわけではなく、自由の身が一番楽で、それに困っていたわけではなかったからだ。

 なぜ自分の意思がここまでハッキリとしていないのか。

 

(痛っ……)


 それを思い出す度に、金槌で叩かれたような鈍い痛みが頭を支配してしまう。今現在、テオフラトゥスにとって目的はなかった。

 それでも今のテオフラトゥスにとっては、同伴する友人の方が大切だ。


「申し訳ないけれど、リンネさんの元を離れるわけにはいけません」


 成り行きで知り合った仲とは言え、ここで彼女を見捨ててお金に目がくらむわけにはいかない。

 それは自己が希薄といってもいいテオフラトゥスの中では、数少ない優先すべき意思だ。仲間となった身内にはとことん甘くなってしまう悪い部分でもある。

 ――そもそも、齢二十前後としか思えない彼女にそれだけの金貨を用意できるのだろうか? その懸念もある。



 しかし、目の前で悲しそうに目線を落とした女性もまた、テオにとっては知り合ってしまった仲だ。

 不安げに悩むリンネと、小さく肩を落とすステラの両者を見つめてから、


「ですが、リンネが行くと言うなら自分は着いていきます

 そして全力で……二人を守ります」


 意を決するように自らの意思で宣言した。迷いがないと言えば嘘にはなるが、テオフラトゥス自身の選択だ。

 安堵するようにして、ステラの表情も和らいだ。


「……ありがとうございます。リンネさんは、改めてどうでしょうか」


 その言葉を聞いたリンネもまた、自分の道が定まったのか、小さく頷いた。


「テオさんが守ってくれるなら安心です!」

「……信頼してくれるのは嬉しいけど、簡単に信じて大丈夫?」

「はいっ!」


 なぜ彼女は出会って数日の男を信じられるのか、テオにも疑問だった。

 力を見せたとはいえ、それが絶対的なものでもなければ、強い意志を持った気骨ある人物ではないと自負している。

 純粋に彼女から向けられる好意を取って良いのかという不安もあった。


 しかし、それを聞くほど野暮でもなければテオフラトゥスには勇気もない。

 彼女らを守るという強い意思だけが現存しているだけだ。


「ありがとうございます。お二人からすれば、金貨が支払われるか不安かと思います」


 安堵と喜びの表情を浮かべたステラが机に置かれていた紙を取ると、悩むようにそれを見つめてから二人の方へと向けた。

 そこに書かれた内容を、ゆっくりと見つめながらリンネは口にした。

 

「王都、宮廷女官……ですか?」


 その言葉にリンネは小首を傾げるようだが、テオは目を見開いた。

  

「宮廷女官っていうと、王女の身の回りの世話をしている人だよ」


 それを知らないとすれば、リンネはこの地から離れたことがないのだろう。

 王都を治める王女の付き人といえば、地位の高い家筋と、優れた能力を有し、王女の身の回りを世話する役目を担っている。

 しかし、疑問なのは、その宮廷女官がこの地にいたことだ。


「アーウィン家は騎士の家系ですが、私個人はそちらをしています。

 この紙一枚で信じていただくことが厳しいのであれば、前金もお支払いしましょう、」


 万象放擲クリエイト――実物を手にしたテオフラトゥスなら分かる。

 これは本物だ。

 その事を目で訴えかけるようにリンネを見ると、彼女は地位の高さだけでも理解したらしく、「おー」と間の抜けたように呟いていた。

 この地で暮らしてきた人間からすれば、ギルドが最高機関であり、離れた地に行く機会は年季を満たしてからだ。それらしい反応ではあった。


「実はよくわかっていないんですけど、私は信じます」


 それでも疑うことなく信じるというのが、リンネという少女だ。

 他者の言葉を疑わないせいで詐欺に遭ったのだが、純粋すぎるのだろう。しかし、テオからすれば彼女の良いところでもあった。


「俺も信じていますよ。ステラさんも嘘つけなさそうですし」

「……できれば名前は、いえ……ありがとうございます。では、明日からよろしくお願いします」


 ステラは深く一礼をすると、その皮肉に苦笑した。

 


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