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異世界でただ独りの無職称号《ノービス》  作者: 東雲部長
Episode.1 『手始めに少女から』
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仲を深めるには裸の付き合いが


 宿屋の自慢という湯治場は、露天に備え付けられているらしい。

 元々は庭の畑だったところに掘り起こしたのだと胸を張った店主いわく、その大きさは数十人が優に入れるほどだ。

 

「ふんふんふーん」


 それをたった一人で利用できるのだから、テオは期待に胸を膨らませていた。

 厚手の布を肩に掛けながら、湯治場の更衣室で服を脱ぐ最中だ。普段は衣服に隠れている身体には、二十手前の少年とは思えないほど発達した筋肉が浮き上がっている。

 筋肉で固められた身体は、腿から二の腕に至るまで異常な発達具合だ。

 その一糸まとわぬ姿を悠々と晒しながら、テオは浴室への扉に手を掛けた。


「おおっ……ほんとに、外にある風呂なんだ……」


 店主が誇った通り、夜空の元に浴槽が露出していた。

 外であるはずなのに絶えず立ち上る湯気が、何とも風情を誘う。

 石造りの床の先には、手前に身体を清めるかけ湯、屋根付きの木製湯船、そして極めつけは岩に囲まれた大きな風呂が広がっている。

 

 家の風呂とは違う、心地よい木の香りと熱気だ。

 それを一身に感じていたテオだったが、岩風呂に入浴する小さな影を見つけた。

 今日は3人しか居ないと聞いていたが、先客がいたようだ。だとすれば、


「もしかするとアーウィンさんですかー?」


 叫ぶと、その影が答えるようにびくっと震えた。

 そのまま、ぎこちない動きで振り返ったのは――呆けていたアーウィンだ。


「え? えっ、え……と、……ええ」

「アーウィンさんも入ってたんですねー。自分が最初だと思ってましたよ、はは」


 目を白黒とさせているアーウィンを傍目に、テオは入浴前の湯を浴びながら笑っていた。

 少し熱めのお湯が、貼り付いた汗を流し、爽快感と心地よさを与えてくれる。

 その後ろで、先ほどの毅然きぜんとした立ち振る舞いはどこへ行ったのか、露骨に狼狽えているアーウィンがいた。

 そんなことを知るよしもなく、湯を浴びたテオは、彼の入る岩風呂へと歩を進めていく。


「俺も失礼しますね。いやぁ、しかしここの風呂は本当に広いですねぇ……」

「そそそそそそそうですな! その、わらひも……」

「……?」


 上ずった声で呟くアーウィンは、可哀想なほど怯えている様子だ。何があったのだろうか、とテオは岩風呂に足をつけながら首をひねった。

 ゆっくりと浴槽に入るにつれ、意思とは無関係に「おおぅ……」と声を漏らしながら、全身から疲れが抜けていくようなものを感じる。やはり汗を流した後の入浴は最高だ、と実感していた。


「ああああのあの、こちらを見にゃ、見ないでいただけまひゅか……」


 そう言われてしまえば、何があったのかと振り向いてしまうのが人間だ。

 反応するように振り向いてしまったテオだったが、先ほどの剣戟を思い出す素早さで、アーウィンは岩肌に置かれていたタオルを身に纏った。


 見れば、水に濡れた艶やかな金色の髪は、後ろで団子状に束ねられている。透き通るような白い肌は妙に艶めかしく、うなじの深いくぼみは彫刻品の如く美しく際立っていた。

 相手は男だというのに、ゴクリと喉がなる色っぽさだ。


「男に失礼かと思いますが……、綺麗な髪ですね」

「んぅっ!?」


 甲高い声に、テオまでぎょっとなってしまった。

 真っ赤に硬直するアーウィンは、どこか潤んだ瞳で否定するようにぶんぶんと手を振りながらも、その身を隠そうとしている。


(っう……なんか官能的だ……)

「あのっ……みな、いでください」


 テオのなめ回すような視線に気づいて、きゅっと目を瞑られた。その下で、薄紅色の唇が柔らかそうに震えている。

 視線を落としていくと、鎧に守られているであろう肌は白磁のように透き通り、触れてはいけない美術品のような危うさを感じてしまう。

 ――ドクン、ドクン、と動悸がする。なぜだろうか、胸の高まりが収まらない。


「わ、わらひ……もう上がりますかりゃ……」


 その時だ、アーウィンが脱兎の如く逃げだそうとし、湯船から飛び出してしまった。しかし、それは完全に悪手だ。

 隠れていたはずの流麗な肢体の曲線が露わになっていくと、もう一つ、へその上あたりで再度美しい曲線を描くものが存在した。

 そう、それは――


「えっ…………あれ。アーウィンさんに……む、むむ、胸ぇっ?」

「だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇえぇぇええ!!」


 木霊する女性の絶叫。

 慌てふためいた彼女・・は、テオの目を隠そうと両手を挙げた。しかし、物理法則に従ってタオルが剥がれそうになると慌てて抑え、逃げるように浴槽に潜り込んだ。

 そこには、アーウィンがタオルで隠そうとしても隠しきれなかった豊満な胸が、ぷかぷかと浮かんでいる。


「ちが、ちがいまひゅ……これはこれは作り物でして……」

 

 本人は否定したいらしく、その胸をわしわしと掴みながら、逆上せたように真っ赤な顔で首を振っていた。

 それが逆に色っぽさを増しているとは思わないのだろうか。

 ぱくぱくと魚のように口を開閉するテオも、驚愕に言葉を発せていなかった。


「ステラって名前なんでひゅけど、そのその……男のほうが、って!」


 可哀想なほど慌てふためく女性――ステラは、聞いてもいない下の名前を叫びながら、その目をらせん状に回しながら弁明している。

 その姿に覚醒したテオもまた言い訳するかのように叫んだ。


「すいませんでしたぁぁあ! 男しかいないと思って、えとその!」


 こういう時は、全力の謝罪しかない。テオはほぼ湯船すれすれに頭を下げていた。むしろ、このまま沈めて貰っても構わないとばかりに顔半分を沈ませていく。決して、彼女の艶やかに白い太ももを見つめているわけではない。

 必死に頭を下げるテオの姿が、彼女に届いたのだろうか。

 ゆっくりとだが、次第に冷静さを取り戻しつつあった彼女は、それを見て、照れた顔を隠すように微笑んだ。


「わた、わたしこそ……すまない……こんな姿を見せて、ほんとうにその……こんなものみせてしまって」


 スラッとしたしなやかな身体を抱く。

 素肌に貼り付いたタオルが、薄らと肌色を宿しながらしなやかな曲線を描いている。余分な肉をつまむことが出来ないほどの鍛えられた身体だ。胸以外は。

 だからこそ、


「いえ……ありがとうございます」


 テオから出てきたのは感謝の意だった。純粋な、ただただ純粋なる感謝を――

 場を和ます冗談とはいえ、その言葉を聞いたステラは真っ赤な顔に小さな怒りを浮かべると、


「こらっ」


 咎めるように、けれど申し訳なさそうに、軽めの力で、コツンとテオの頭を小突いた。その仕草が、本来の彼女なのだろうか。可愛らしいお姉さんのような風貌に、テオは自身の胸の高鳴りで気持ちが爆発しそうになっていた。

 長い金色の睫毛の下で、潤んだ瞳が叱りつけるように見ている。

 初めて見せた騎士ではないステラの一面に、逆上せてしまいそうなほどの感情がテオの頭を悩ませていた。


「……」

「…………」


 静寂。

 お互い気恥ずかしさから、黙り込んでしまった。

 言葉を発さぬまま、熱湯に煮られる気分を味わいながら刻々と入浴を続ける。

 ――燃えるように熱い。頭が揺れる、が、この雰囲気の中は出にくい。

 二人は、出て行くタイミングを見失ってしまっていた。

 それを救済するようにだろうか、


「テーオーさーん! お背中流しに参りましたー」


 はたまた嵐を吹き荒びにきたのだろうか、扉の向こうから少女の声が轟いた。


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