表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

婚約破棄? ええ、いいですわよ。

作者: 千条 悠里

「婚約破棄? ええ、そちらがよろしければいいですわよ」


 フィリム王子から話を聞いた公爵令嬢マリアは、あっさりと了承した。

 彼の言う、庶民出の少女を苛めたというのは覚えがないと断言したが、婚約破棄についてはまったく躊躇していない。

 マリアが嫉妬に狂って様々な悪行を働いたと聞いていた王子は、その無関心な様子に戸惑ってしまう。


「なっ……え、ええいそれだけではない! 貴族らしからぬ悪行の数々、この学院に貴様は相応しくない! 本日限りでこの学院から消えてもらおうか!」


「別にそれも構いませんよ……セバスチャン、早急に編入手続きを」


 マリアが呼びかけると、どこからともなく老執事が現れて「こちらのリストが現在編入可能な魔法学院の一覧でございます」と、書類をマリアに手渡した。

 それをさっと目を通したマリアは「ではこちらの学院へ」とリストから学院名を指す。

 老執事は現れた時同様に、瞬く間に姿を消した。早速編入手続きを始めていることだろう。


「では、寮の荷物整理が完了次第立ち退かせていただきますわ。ごきげんよう」


「……な、なんで、そんな、あっさり……?」


 もっと驚愕して、自分に縋りつき許しを請う少女の姿を想像していた王子は、呆然とした様子だった。

 そんな王子の戸惑いすら興味がなさそうに、マリアはすたすたと女子寮へと歩いていく。


「ああ、そうそう。ひとつだけよろしいかしら」


 ふと、思い出したようにマリアは王子へと振り返る。

 彼女はまるで、ちょっと忘れていた些細なことを伝えるような気楽な様子で言う。


「そちらの編入生の……ええと、名前はなんでしたか……まあ、どうでもいいですわ。

 私、用事があって隣国へ訪問していましたので、その人が編入されてきたという日から今日まで一度も学院に来ていませんでしたの。

 だから、知りもしない人のこと苛めようがありませんわよ?」


 王子様が信じた少女の証言を打ちのめす、その一言を。

 信じられないような顔をしている王子だが、婚約者が1ヶ月近く登校していないと把握していないことの方が、マリアには信じられなかった。



  〇



 マリアはその類稀な才能で、既に学院卒業に値する能力を備えていることを認められている。

 なので能力的にはもう学院を辞めて領地経営に勤めても問題ないのだが、貴族にとって箔とは重要なものだ。

 理由はどうあれ、学院を卒業しないままだと外聞が悪い。無論、婚約を破棄されたというのも十分悪評になるが。

 しかし今回の場合は王子と、彼を誑かしたという庶民の少女が悪いと周囲の人々が証言してくれている。

 庶民出身ながら才能があるとされて学院に編入されたらしいが、今回の件で少女の評価は地の底まで落ちたであろう。王子諸共に。

 噂によると少女は「シナリオと違う」だとか「私はヒロインなのに」など、訳が分からないことを叫んでいたらしいが、マリアにはどうでもいいことだった。


「お嬢様、お飲み物をお持ちしました」


「ありがとう、セバスチャン」


 自宅の庭で、上品な香りの漂う紅茶を味わいながら、マリアは手元の手紙の数々を読んでいく。

 学院に通っていた頃の友人達からのお別れを悲しむ言葉や、王子と編入生への怒りを感じられる文章が並んでいる。

 他にも学院側から、王子と編入生のことは何とかするから戻ってきてくれないかと引きとめる手紙。

 それから、王家からの誠心誠意の謝罪を伝える手紙に……王子からの手紙。

 一応王子からの手紙にも目を通したが、ずらりと並ぶ言い訳と申し訳程度の謝罪文に、話にならないと判断して火の魔法で焼き捨てた。

 王家には直接出向いて話をする必要があるだろうが、その場合も王子と再度婚約を結ぶようなことはないだろう。


「まあ、王子との婚約はもう考えられませんが、今後も国のために働くのは構いませんわね」


 そもそも、1ヶ月近くも学院に通っていなかったのも、王家から外交を任されていたからだ。

 隣国の王子との交友があるマリアは、時折今回のように仕事を頼まれることがある。

 本来なら学生の身分に頼むようなことではないが、マリアの優秀さと、隣国の王子が彼女をとても気に入っていることから、特例として行われている。


「ああ、そういえばあちらの王子からアプローチを受けていましたし……政略として婚約を結ぶのも良いですわね」


 今までは一応婚約者がいることでお断りさせていただいていたが、最早マリアは自由の身だ。

 次代の名君として期待されている隣国の王子との婚約はとても名誉なことだし、これからはマリアに断る理由はない。

 もちろん、王子のアプローチが社交辞令でしかない可能性もあるので、徐々に打診を図る必要があるが。

 

「そうなると、しばらく忙しくなりそうですわ……ふふ、楽しみです」


 これからの未来に想いを馳せて、柔らかな微笑みを浮かべるマリア。

 彼女にとって、自分の能力を試せる機会は面倒事ではなく楽しみな事柄であった。

 能力も威厳も王子の自覚も何もない、形だけの元婚約者のことなんて、すぐに忘れてしまうことだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なぜにこうなった? 両親かセバスチャンが転生者の可能性が
[一言] この話になるまでの過程が知りたくなった作品でした。
[一言] この世界が乙女ゲームの世界で、ヒロイン(笑)と同じく記憶を持っていた隣国王子がゲーム期間中マリア公爵令嬢を隣国へ隔離して悪役にならない様にしていた~なんて妄想してしまいました。 マリア公爵令…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ