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異端魔術師はまだ本気だしてないだけ  作者: 上村夏樹
―クラス代表決定戦編―
9/43

09 リーゼロッテさん、思春期です

 ヴァンとアリアがクラス代表の座を賭けて対決するというニュースは、瞬く間に校内に広がった。

 学園長の息子と、学年二位の魔術師……たしかに面白いカードではある。


 しかし、ヴァン本人は相変わらずやる気なしだった。


「くあっ……今日はリーゼと講義の約束もしてないし、寮でゴロゴロするか」


 校舎の廊下を歩きながら、ヴァンは欠伸をする。

 放課後、寮でゴロゴロとは……クラス代表戦を控えている魔術師とは思えない自堕落っぷりだった。


 ヴァンが頭をくしゃくしゃと揉みながら気怠そうに歩いていると、正面に誰かが仁王立ちしているのに気がついた。

 ……アリアだ。

 彼女はヴァンを待っていたらしい。


「ヴァン。クラス代表戦、いよいよ今週末ですわね――って無視しないでくださいます!?」


 アリアの横を普通に通り過ぎようとするヴァン。アリアに肩をおもいっきり掴まれていた。


「な、なんだよー。びっくりするから、急に大声出すなっての」

「……声を荒げたくもなりますわ。あなた、わたくしのことを舐めているのでしょう?」


 アリアは目を細め、ヴァンに眼光鋭く睨みつける。獲物を狩る肉食獣を思わせる、力強い目つきだ。

 だが、彼女の表情を見てもヴァンはひるまない。


「あん? 舐めてもいいのかよ?」


 ヴァンはアリアに詰め寄った。お互いの吐息が顔にかかるくらいの距離まで急接近する。


「ええっ? ちょ、な、なんですの?」


 さっきまでの強気な姿勢はどこへやら、アリアは顔を赤くして後ろに下がる。

 男性と鼻がぶつかるくらいまで近づいているのだ。緊張しても仕方がない。

 ヴァンは離れようとするアリアに近づいた。


「あっ……」


 アリアは壁際に追い込まれた。

 何を思ったのか、ヴァンは壁を「ドン!」と強く叩く。


「生意気な女だな。あんまり粋がってると、その可愛い顔……舐めちゃうぞ?」

「か、かかか可愛い? ななっ、舐めちゃう?」


 アリアの心臓が、バクバクと鼓動する。


(く、口説かれている!? 口説かれていますのー!?)


 顔を真っ赤にするアリア。まさかこのタイミングで敵からナンパされるとは、予想だにしなかっただろう。

 しかも、アリアもリーゼロッテ同様、異性に免疫がない。こういうとき、どう対処したらいいかわからないのだ。


(……キ、キスではなく、舐める……エ、エロス! エロスですわ!)


 逞しい妄想をしつつ、アリアは恐怖からぎゅっと目を閉じた。


 …………しかし、何も起きない。

 自分は助かったのだろうか?


 アリアは確認すべく、おそるおそる目を開けた。

 彼女の目に映るのはヴァンともう一人……どこからやってきたのか、目をつり上げた鬼、もといリーゼロッテだった。


「ヴァン……あなた何してるのよ!」

「アリアをぺろぺろしようとしてた」

「本当に何をしてるの!?」

「うるせーなぁ。俺がアリアをぺろぺろしようがしまいが、リーゼには関係ないだろ?」

「そ、それはそうかもだけど、でも、私は……うぅーっ!」


 リーゼロッテは頬を赤くして、声にならない声を上げた。その場で地団駄を踏んでいる。


「そ、そうだ! ヴァンは私の師匠でしょう!? 師匠が変態だと、弟子の私も変態だと思われるでしょうが!」

「リーゼは草に絡め取られて喜ぶ変態上級者じゃないか。むしろ、その道では俺の師匠!」

「入学初日のこと!? それ勘違いだって言ったじゃない!」

「あーうるさいうるさい。リーゼには関係ない――あ、もしかして」


 ヴァンが「やれやれ……モテる男は辛いぜ」みたいな顔をした。

 間違いない。これはフラグである。


「あんた、俺に惚れたな?」

「んなっ!? じ、自意識過剰だしっ! 黙りなさいよ、このエロ魔術師!」

「リーゼ、ちょま――ぐはっ!」


 ヴァンのおしりに強烈な膝蹴りがヒットする。もはや名人芸の域に達した、迅速なフラグ回収だった。


「あなたたち、本当に仲がいいのですね……」


 アリアは呆れたようにつぶやいた。


「う、うるさいわね。いいこと、アリア! あなた、ヴァンに手を出したら許さないからね! ヴァンは私の魔術の師匠なんだから!」


 リーゼロッテがアリアを牽制する。


「魔術の師匠? ヴァンがリーゼに魔術を教えているということですの?」

「そうよ。ふふん、羨ましい?」

「べ、べつに! 全然羨ましくなんてありませんわ!」


 強がるアリアだったが、その講義内容にかなり興味を持っていた。


 ヴァンは優秀な魔術師だが、彼の魅力はそれだけではない。何もない空間にお絵かきをするような、見たことのない魔術を使う。

 オリジナルの魔術は学園で習うことはない。

 当然ではあるが、学園では魔術の基礎をみっちりと叩き込まれる。応用とも言える複合魔術や短縮詠唱は教わっても、オリジナル魔術なんて邪道を教わるはずもない。


 いったい、どのような興味深い講義をするのだろう……アリアは想像し、心躍らせる。

 リーゼロッテはアリアの心を見抜いたのか、いやらしい笑みを浮かべる。


「ふっふっふ。アリアには講義受けさせてあげない! ヴァンは私だけの物よ!」

「ぐぬぬっ……べ、べつに羨ましくなんてないですもの!」


 アリアは「覚えてらっしゃい、落ちこぼれ師弟コンビ!」と捨て台詞を吐き、大股で歩いて去っていった。

 ヴァンはどこか物悲しい顔をして、


「俺、リーゼの物じゃないんだけど。師匠なんだけど……」


 切実に気持ちを訴えた。

 しかし、リーゼロッテは聞いていなかった。

 彼女はとても清々しい笑顔を浮かべている。アリアを撃退できたことが、よほど嬉しいのだろう。


「はぁ……まぁいいや。で、リーゼは何しに来たの? 職員室によってから、寮に帰るんじゃなかったっけ?」

「あ、忘れてた。さっき、たまたまエマ学園長に廊下でお会いして、あなたに伝言を頼まれたのよ」

「えぇー……」


 ヴァンは露骨に顔をしかめた。

 傍若無人な母親から伝言……正直、嫌な予感しかしない。


「母さん、なんて言ってた?」

「サウスエリアの南側にある研究棟に行けって。そこの地下にあるラボで、先生に会えと言っていたわ」

「地下室のラボ……? ま、まさか、ディーのことか?」


 ヴァンはうんざりした顔でそう言った。


「詳細はよくわからないわ。学園長は、ヴァンにそれだけ言えばわかるっておっしゃっていたから。知り合い?」

「ああ。ディーは俺の命の恩人だ」

「そ、そうなの? どんな方?」

「女の人だよ。普段着は白衣。そして真っ黒な眼帯着用。身体は華奢で、ゾンビみたいなヤツ。趣味は解剖で、好きなものは血肉。メスを握らせたら、切れない生物はいないと言われている。まぁどこにでもいる魔術研究者だな」

「どこにもいないわよ! どんな変態研究者よ!」


 そして、そんな変人に命を助けられるヴァン……いったいどんなシチュエーションだったのだろう。リーゼロッテは考えたが、結論は出なかった。


「ディーのヤツ……俺のために、学園に引っ越してきたのか?」


 ヴァンのこの言葉に、リーゼロッテの耳がピクリと反応する。


 ……今、俺のためにって言った?

 ディーは女。ヴァンはたしかにそう言っていた。


 ま、まさか……二人は男女の仲なの?

 リーゼロッテは動揺する。


「ね、ねぇヴァン。ディー先生とはどういう関係なの?」

「だから命の恩人だって」

「もっと具体的に! そこ、詳しく!」

「な、なんでそんなに食いついてくるんだよ……」


 そうだなぁ、とヴァンは逡巡した。


「うーん……嫌な言い方をすれば、俺の体を弄ぶ女だな」

「か、体を弄ぶっ!?」


 リーゼロッテの顔が火のように赤くなる。


(う、嘘……本当に男女の関係じゃないの! しかも、す、すごく大人の関係だ……)


 生々しい関係性を聞き、ショックを受けるリーゼロッテ。まさか、あのヴァンに恋人がいたなんて……。


「そ、それってよくないと思うわ! 先生と生徒の恋愛なんて駄目よ!」

「はぁ? 何勘違いしてんだよ。べつにディーとはそう言う関係じゃねぇから」

「え? そ、そうなの?」

「ああ。体を弄ばれているのは事実だが」

「余計に駄目なんだけど!?」


 付き合っていないのに、体を弄ばれている。

 それはつまり、肉体だけの男女関係ということではないのか?


「何が駄目なんだよ。べつにやましいことはしてないぞ?」


 しかし、今のヴァンの言動からすると、どうもそういうわけではないらしい。

 二人は付き合っていない。やましいことをしているわけでもない。おそらく、健全な関係なのだろう。


 だが、ヴァンの体はディーに弄られている。


 うん……何かを誤解をしているらしい。が、その「何か」がなんなのか、皆目見当もつかない。

 リーゼロッテがモヤモヤしていると、


「さてと、じゃあラボに行くか。ディーのヤツ、俺をベッドに寝かせて恍惚の表情で体をイジってくるから嫌なんだよなぁ。いつもいつも激しいんだよ。この前なんて、ベッドがギシギシ軋むほど、夢中で俺で遊んでいたし……」


 ヴァンはぽつりと意味深な発言をして、リーゼロッテの前から去ろうとする。


 体を弄る。

 ベッド。

 激しい。

 ギシギシ。


 いくつかの単語が、リーゼロッテの脳内でピンク色の妄想に変換される。


(どどっ、どう考えても、せ、せせせっ……!)


 瞬間、リーゼロッテは顔を赤くして涙目になる。


「ちょ、ちょっとヴァン! 本当に健全な間柄なのよね!? 私が誤解してるだけなのよねぇ!? こらぁー! 待ちなさいよぉぉー!」


 すでにいなくなったヴァンのことを、リーゼロッテは走って追いかけた。



 ◆



「これが研究棟か……」


 サウスエリアにやってきたヴァンは建物を見上げる。


 横に長い三階建ての建造物だった。あまり大きくはない。

 それもそのはず。学園内にある研究施設の規模など、たかが知れている。そもそも、王立のこの学園でなければ、研究施設すらないだろう。


 解放されている正面玄関に入ると、すぐに階段があった。

 この地下にディーがいる。


「会わないといけないけど……正直嫌だなー」

「嫌なら会わなきゃいいじゃない」

「おわっ!? リ、リーゼ? どうしてここに?」


 ヴァンの隣には、頬をふくらますリーゼロッテがいた。ようやく彼に追いついたらしい。


「どうしてって……そ、それは、その……な、なんだっていいでしょ!」

「ついて来るなよな……というか、何怒ってんの?」

「怒ってない! でも、ヴァンの体が女の人に弄ばれるのは、な、なんか嫌っ!」

「いや、ただのメンテナンスなんだけど」

「めんて……はい?」


 リーゼロッテは目を瞬かせ、間抜けな声を上げた。

 メンテナンスとは、なんのことだろうか。


「ちょっと待って。メンテナンスって何よ?」

「あー、言ってなかったっけ?」


 ヴァンは胸に手を当てて、そっと擦った。


「俺の体内(ココ)には呪術回路ってのが埋め込まれているんだよ。ディーはその呪術回路を埋めた張本人。今日はおそらく、彼女に俺の呪術回路のメンテナンスをしてもらうことになると思う。たぶんだけどな」

「じゅ、呪術回路?」

「ああ。簡単に言えば、オドが移動するための回路だよ。定期的にメンテナンスが必要なんだ。万が一、壊れでもして、無駄に生命力を搾り取られでもしたら危険だからな」


 ――呪術回路。


 より正確に言えば、呪術回路とは疑似神経……要するに、体内に作られたオドの通り道である。

 オドを生成する装置それ自体は呪術炉と呼ばれている。ここで生命力をオドに変換し、術者の全身に張り巡らされた呪術回路を通る。

 念じることで呪術炉を励起させると、そこにオドが生まれる。これを使ってヴァンは呪術を発動させていたのだ。


「――ってちょっと待ってよ! オドって、誰でも使えるわけじゃないの?」

「ああ。俺みたいに呪術回路を体に埋め込まないと無理だ。だから、リーゼも努力したところで、呪術は使えないぞ?」

「じゃあ、あの講義は無意味だったんじゃないのよ……」


 がっくりと肩を落とすリーゼロッテ。魔術と呪術の多重術者としての未来を思い描いていたのに……見事に希望を打ち砕かれた瞬間だった。


 とはいえ、少しだけ安心した。

 ディーという謎の教師は研究者で、ヴァンの呪術回路等のメンテナンスをする。なるほど。体を弄るとはそういうことか。


「ヴァンってば、言葉足らずなんだから。体を弄られるとか、激しいとか、誤解を生むような言い方するんじゃないわよ」

「何言ってんだよ……あ。もしかして、リーゼってばいやらしい想像してたんじゃねぇの?」

「なっ!? ぜ、全然そんなことないわよ!? ヴァンとディー先生がイチャイチャしてるとこなんて、これっぽっちも想像してないんだから!」

「全部ゲロったようなものじゃねぇか……この正直者め」

「そ、そんなぁぁ……」


 絞り出す声は、とても弱々しい声だった。

 そして、リーゼロッテの顔が見る見るうちに赤くなる。自分のはしたない妄想をヴァンに知られたため、恥ずかしくて死にそうな気分なのだろう。


「ふぅん? やっぱり、リーゼはエロリーゼなんだな。この変態魔術師!」

「そ、そんな言い方しないで! 私、そんなにえっちじゃない!」

「馬鹿め! エロいヤツはみんなそう言うのだ! エロ魔術師はこの場から早々に立ち去れぃ!」

「うぅー……ど、どうして意地悪するのよ……ぐすん」

「あ、あれ? リーゼさん、もしかして泣いてます? あのー、冗談だったんだけど……」

「このっ……うっさい! ヴァンの馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁ!」

「あべしっ!?」


 リーゼロッテはヴァンのすねに蹴りを入れて、半べそかきながら去っていった。

 ヴァンは蹴られた部位を擦りながら苦笑する。


(悪いな、リーゼ。でも、メンテナンス中の俺を、あんたに見てほしくないんだよ……)


 呪術回路は人工的な物だ。当然、それを体内に埋め込むためには、体にメスを入れ、こじ開ける必要がある。

 ヴァンの手術跡はかなりグロテスクだ。そればかりか、呪術炉が若干むき出しになっている。ヴァンは寮の共有風呂を使っているのだが、その体を見られるのが嫌で、わざと時間をずらして入浴している。


 他人に見られるのも嫌なのだ。仲のいいリーゼロッテには、絶対に見せたくなかったのだろう。


 それと、もう一つ。

 自分の醜い部分を見せたときのリーゼロッテの反応が怖いのだ。もしかしたら、今までどおりの付き合い方ができなくなるかもしれない……そう思った。

 だから、ヴァンは彼女を追い返すためにあんなことを言ったのだった。


 それにしても、もう少し言い方があるだろうに……この少年は、とことん不器用で空気の読めない男である。


「あとでちゃんと謝らなきゃな……ごめんよ、リーゼ」


 仲直りする方法を考えながら、ヴァンはディーの待つラボへと続く階段を降りた。




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