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03 わたくし、アリア=シーメールですわ

 入学式が行われた講堂は大きかった。新入生一六二名が集まっても、空席が目立つくらいには広い。


 式はつつがなく進行した。


 リーゼロッテは真面目に教師の話を聞いていたのに対し、ヴァンはうたた寝をしていた。

 式の途中で三年生による魔術曲芸のプログラムがあった。新入生を歓迎するためのレクリエーションである。

 火の玉ジャグリングや、色付きシャボンシャワーなどが披露され、新入生は大いに盛り上がった。当然、講堂は歓声と拍手で埋め尽くされる。

 ……それでもヴァンは起きなかった。

 この男、入学初日から安定のやる気のなさである。


 

 ところが、プログラムの最後――学園長の話になると、何故かヴァンは飛び起きた。まるで天敵が周囲にいることを察知できる、野生生物の本能でも有しているかのように。

 ヴァンの隣の席で、彼の様子を訝しむリーゼロッテだったが、


(まぁ起きたのならいいか……)


 普通にスルーした。

 何故なら、リーゼロッテは学園長の美しさに見惚れていたからだ。

 腰まで伸ばした銀髪を耳にかける仕草。どこか妖艶な微笑み。齢四十になるというのに、若々しくて瑞々しい身体。


 特に目を引くのは、見る者に新雪を思わせる顔だった。肌は美白で、皺一つもない。年齢の衰えが一切感じられないのだ。

 まるで作られた人形のごとく、精巧な美だ……リーゼロッテはそんなことを思った。


 気づけば学園長の話は終わっていた。リーゼロッテは、その美貌に目を奪われたせいで、ほとんど話を聞いていなかった。

 式のプログラムはこれで終了。この後はクラス分けの発表だ。


「以上を持ちまして、入学式を終了します。新入生の皆様は、中央広場の掲示板で自分のクラスを確認し、教室に移動してください」


 教師の案内に従って、新入生一同は講堂を出た。



 ◆



 講義室や教室は、入学式が行われた講堂と同じくサウスエリアにある。


 一年A組。

 それがヴァンとリーゼロッテの所属するクラスだった。


 教室の学生席は段々となっており、後ろの席にいくにつれて高くなっている。

 二人は教室の真ん中あたりに座り、担任が来るのを待っていた。


「いやー、それにしてもリーゼと同じクラスでよかったわぁ」


 座った状態で伸びをしながら、ヴァンは柔らかい笑みをこぼす。


「そ、そうね」


 緊張しているのか、リーゼロッテは小さな声で返事をした。

 リーゼロッテの知る限り、この学園に入学した知り合いはいない。正直なところ、一人では心細いと感じていたのだ。


 ヴァンは言った。「リーゼと同じクラスでよかった」と。そして安心したように伸びをした。

 きっと、ヴァンもリーゼロッテと同じで、知り合いのいない環境に緊張していたのだろう。


 なんだかんだ言って、ヴァンも同い年の学生なのだ。意外な一面を知ることができて、リーゼロッテは少しだけ微笑ましい気持ちに――。


「明日からの授業、板書はリーゼに任せたぞ。俺は寝る!」

「ええい、やっぱりクズだったか! 本当にあなたはブレないわね……」


 ……微笑ましい気持ちは一瞬で枯れた。


「私、絶対にノートは見せないから」

「ええー。でも、ノート取るだろ?」

「それは取るけれど、あなたに見せるためじゃない。自分のためよ。というか、あなたは私のことをなんだと思っているのよ」

「都合のいい女?」

「誤解を招くような言い方をするんじゃないわよ!」

「じゃあ、テス(とも)?」

「寂しい! なんか寂しいわよその関係!」

「なんなのうるさいエロリーゼ……」

「あなたのせいですけど!? あとエロって言うな!」

「なぁ、エリーゼ」

「エロリーゼを縮めて言うなっ!」


 ぜぇはぁぜぇはぁと息を切らし、肩を上下に動かすリーゼロッテ。それだけ真剣にツッコミを入れていたらしい。ヴァンの冗談に本気で付き合うこともないだろうに。

 やはりこの女学生、お人好しというか律儀である。


 リーゼロッテが乱れた呼吸を整えていると、


「あーら? 随分と元気な子がいると思ったら、リーゼじゃないですの」


 突然、隣の席のクラスメイトから声をかけられた。

 リーゼロッテが振り向くと、声の主が知り合いだということに遅れて気づく。


 金色のツインテールをぶら下げた少女が、リーゼロッテを見つめて上品に微笑んでいる。彼女の瞳は碧く、リーゼロッテとは対照的な目の色をしている。


 一番対照的なのは……彼女の豊かな胸だろう。

 ツインテールの少女が座り直すと、胸がぷるるんと揺れ動く。それを見たリーゼロッテは悔しそうに彼女の胸を睨みつけていた。


 そんなリーゼロッテの様子を見たヴァンが、そっと彼女の肩に手を置いた。


「小さくてもいいじゃないか……貧乳は個性!」

「うっさい黙れ!」


 ヴァンはマナの動きは読めても、空気は読めないのだった。

 若干、瞳を潤ませつつ、リーゼロッテは巨乳、もといツインテールの少女に視線を戻す。


「あなた……もしかして、アリア=シーメール?」

「ええ、そうですわ。久しぶり、リーゼ。わたくしが引っ越したのが五歳の頃だから、十年以上も会ってなかったんですのね」


 アリアと呼ばれた少女がニッコリと笑う。

 一方で、リーゼロッテは露骨に顔をしかめた。


「……何? こっちに帰ってきたの?」

「そんな怖い顔をしないでくださいませんこと? 昔のよしみで仲良くやりましょうよ」


 誰があなたなんかと、とリーゼロッテは内心で毒づく。


 リーゼロッテはこの学園に知り合いはいないと思っていた。が、彼女が思うよりも世間は狭かったらしい。

 リーゼロッテとアリアは幼なじみだった。

 アリアが引っ越して疎遠になってしまったが、まさかここで再会するとは……二人とも考えてもみなかっただろう。


「そういえば、リーゼ。あなた、実力テストの結果はどうだったの?」

「うっ」


 アリアの問いに、リーゼロッテは言葉を詰まらせる。

 王立ファウスト魔術学園では、入学試験に合格したのち、それとはべつの試験を受けなくてはならない。それが実力テストだ。


 この実力テストの結果は順位付けされ、ランキング形式で掲示板に発表される。リーゼロッテもこの掲示板を確認していた。


「ちなみに、わたくしは学年二位でしたわ」


 アリアは腕を組み、得意気な顔をする。

 新入生一六二人中、第二位……文句のつけようのない優秀な成績だ。


「それで? リーゼは何位でしたの? 教えてくださる?」


 アリアは笑ってはいるが、目に優越感をたたえている。それに今の台詞、やけに芝居がかっていた。

 リーゼロッテは確信する。

 間違いない……アリアは自分の順位を知っている。そのうえで尋ね、リーゼロッテに順位を言わせ、敗北感を味あわせようという魂胆だ。


 昔から嫌なヤツだったと、リーゼロッテは過去を振り返る。

 己の有能さを自慢してばかりだった。たしかに自他ともに認める優秀な子ではあったが、毎日のように続く自慢話はウザいことこのうえなかった。


「リーゼ。早く教えてくださいな?」

「…………一六一位」


 ぽつりとリーゼロッテはつぶやいた。

 一六一位……それは新入生の中で、下から二番目の実力だということを意味している。


「一六一位でしたの!? これは失礼しましたわ! そんなに悪い成績だとは思わなかったものですから! わたくしの無礼を許してくださる?」


 申し訳なさそうな顔で謝罪するアリア。

 しかし、急に声を荒げ、クラス中に聞こえるようにリーゼロッテの順位を言うあたり、彼女は確信犯だ。リーゼロッテのクラス内での評価を落としにかかっているのは明白である。


 すると、周囲からくすくすと嘲笑が聞こえてきた。「下から二番目かよ」とか「魔術の才能ないんじゃない?」とか、好き放題言われている。


 イライラが頂点に達したリーゼロッテは――机をバンと叩いて立ち上がった。


「何よ! あなただって弱点くらいあるでしょ!」

「さぁ? 短所というのは、自分では見えにくいものですから」

「小さい頃、私以外に友達いなかったじゃないの!」 

「んなっ!? そ、そんなのデタラメですわ!」

「あなたの誕生日パーティー、私とあなたのご家族しかいなかったじゃない! 空席だらけだったあのパーティー、正直いたたまれなかったわよ!」

「な、内緒にしてって、あのとき言いましたでしょう!?」


 涙目で訴えるアリア。気づけば彼女も立ち上がっていた。


「リーゼこそ、友達少なかったではありませんの!」

「アリアよりはいたわよ! この性悪ぼっち女!」

「ム、ムカつく……リーゼの馬鹿! 魔術下手! 貧乳! 童顔! チビ!」

「何よ! アリアのバカ! アホ! えっと……バカ! おっぱいお化け! バカ!」


 睨み合うリーゼロッテとアリア。二人の視線はぶつかり合い、バチバチと火花を散らしている。

 二人が醜い言葉で罵り合っているのを見たヴァンは、呆れてため息をつく。


「はぁ……うるせぇなぁ。喧嘩なら他所で――」

「「お前は黙れッ!」」

「は、はいごめんなさいっ!」


 二人の重なり合う怒鳴り声の前に、縮こまるヴァン。男として情けないないことこのうえなかった。


「あら? ところでリーゼ。この殿方はどなた? お友達ですの?」

「この人はヴァン。ヴァントネール=クロウリー。いろいろあって、今日は一緒に登校してきたの」

「ヴァントネール……クロウリー?」


 アリアの目が驚きによって見開いた。

 リーゼロッテは内心でほくそ笑んだ。


 アリア=シーメール……彼女もまた、名門の魔術師の家柄である。

 シーメール家と聞けば、多くの魔術師が「水」を連想するだろう。彼女の家系は水系魔術を得意とし、海戦で多くの功績を残した。昔の話ではあるが、水の大精霊を使い魔のように使役するほどの超一流魔術師もいたのだとか。


 しかし、クロウリー家と比べれば、その知名度も功績も霞む。

 プライドの高いアリアは今、ヴァンに嫉妬しているに違いない。


 ざまーみなさい、アリア! 学年二位だかなんだか知らないけど、ヴァンのほうがすごいんだからね!


 ……そう思ったのだけれど。


「ぷっ! おーっほっほっほ! これは傑作だわ!」


 アリアがめっちゃ笑ってた。

 ……今どき「おーっほっほっほ!」って笑う人いないわよ、とリーゼロッテは心の中でツッコミを入れておく。


「あなたたち、お似合いじゃない。ヴァンと仲良くなれてよかったわね、リーゼ」

「はぁ? どういう意味よ?」

「たまたまですが、わたくし、掲示板でヴァンの学年順位も見ておりますの。ヴァンの順位は……新入生一六二人中、第一六二位」

「…………へっ?」


 ヴァンの学年順位を知り、リーゼロッテは間の抜けた声を上げた。


 信じられない。

 無詠唱で風系魔術を発動させたあのヴァンが、学年最下位?

 試験は常に一発勝負。いくらヴァンほどの魔術師でも、体調が悪ければ失敗もするだろう。

 だが、どれだけミスを重ねたとしても、ヴァンが学年で最下位の点数を叩き出すとは到底思えない。


「そんな……本当に?」

「ええ。彼に直接訊いてみてはいかがかしら?」

「そ、それもそうね。ヴァン。あなた、さすがに最下位なんかじゃないわよね?」


 リーゼロッテは知っている。

 ヴァンの魔術の才能を。

 そして、自分を助けてくれたときのように、正義の心を持っていることを。

 人間的にはともかく、魔術師としては優秀なヴァンが、まさか自分より下の順位であるわけが――。


「あ、なんか俺って最下位らしいよ。ぶははははっ!」

「何笑ってんのよぉぉぉぉぉ!」


 リーゼロッテが吠えた。

 ヴァンは何も悪くないのだが、笑われたのがリーゼロッテの癪に障ったようだ。


「あぁ……まさかヴァンが最下位だなんて……」


 嘆きの声を漏らすリーゼロッテ。

 何かの間違いだと思いたかったが、ヴァンは本当に学年最下位の魔術師らしい。


「ふふふ……学年最下位と、学年で下から二番目の魔術師コンビ……実にお似合いじゃない! おーっほっほっほ!」


 アリアの頭の悪そうな高笑いが室内に響く。

 すると、アリアの話を聞いていたのか、あちこちで笑いが起こる。ヴァンとリーゼロッテを馬鹿にする嘲笑だ。


「な、何よ! 私はともかく、ヴァンはとってもすごいんだから! アリアなんかより魔術に長けてるんだからね!」


 リーゼロッテが反論するも、アリアはなおも嗤っている。


「リーゼはそう言っているけれど……そうなんですの?」


 アリアがヴァンに尋ねる。


 ――お願いよ、ヴァン。この性悪女を黙らせて!


 リーゼロッテはそう祈ったのだが、


「いやいや。俺様、最下位のクズ魔術師なんで。学年二位のアリアの足元にも及ばない魔術師でーす。あんまりいじめないでねー?」


 ヴァンはへらへらしながら、自虐的な言葉を口走った。

 その瞬間、教室内にどっと笑いが起きる。


 皆が笑っている中、リーゼロッテだけは泣きそうな顔で唇を噛んでいた。


 ――悔しい。


 自分のことはいい。笑ってくれてかまわない。下から二番目の成績なのは、間違いなく自分の実力だから。

 だがリーゼロッテは、ヴァンが馬鹿にされるのだけは耐えられなかった。


 ヴァンは間違いなく優秀な魔術師なのに。

 アリアなんて、目じゃないのに。

 どうして何も言い返してくれないの?

 それどころか、なんで笑っていられるの?


 自分が認めたヴァンのことを馬鹿にされたのが、とても屈辱的だった。

 リーゼロッテの胸中に、怒りと悔しさが渦を巻く。

 アリアに何か言い返してやろうとリーゼロッテが考えていると、


「うるさいぞ! 早く席に着け!」


 担任が教室に入ってきた。

 室内はしんと静まり返り、さっきまでの喧騒がまるで嘘のようだった。


 ヴァンのクラスの担任は女性だった。

 とても厳格そうで、かつ頭の良さそううな女性だ。

 彼女の黒髪は肩のあたりで切りそろえられている。フレームの細いインテリ眼鏡をかけていて、どこか理知的に見える。グレーのスーツも彼女によく似合っていた。


 担任は生徒に背を向けて、黒板に文字を書いた。

 くるりと振り返り、


「私の名前はレジネッタ=ウォータープリズン。今日から貴様らの担任だ。よろしく頼む」


 やや威圧的な声音で、自己紹介をした。


 このとき、リーゼロッテはレジネッタの自己紹介など耳に入っていなかった。

 先ほどの一件が、胸の中で燻っていたからだ。


(何よ……どうして何も言い返さないのよ。ヴァンの馬鹿っ! クズ! ロクでなし!)


 リーゼロッテは無言でヴァンを睨んだ。

 彼女の気持ちなど知る由もないヴァンは、呑気にあくびをしたのち、寝る体勢に入るのだった。



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