第1話 「金のオノと銀のオノ」
互いに興味がなくなった。
喧嘩した。
遊園地へ行った。
そんな些細な出来事で2人の男女は愛の誓いを忘れ離れていく。
それが例え若いカップルだろうが10年も同じ時を過ごしている夫婦だろうが、きっかけさえあればすぐにその手を離してしまう。
私たちはそのギリギリを保っていた。
『今日も会えない?』
件名は無し。短い本文でキラキラしたデコレーションは一切付けず、2年前想いを告げた私の彼にメッセージを飛ばす。その返事が届いたのは次の日の朝だった。
『ごめん。寝てた』
こちらも短い文章だ。謝る気が一切感じ取れない文章にため息を漏らす。
ぼさぼさの髪はセットする気にもなれず梳かしただけ。着なれた制服を着て、私は朝食も食べずに学校へ向かった。
人と人は長い時間を過ごせば過ごすほど互いのことを知って行く。それと共に、互いに飽きていく。新しい発見が徐々になくなり、相手の全てを知り尽くした時、愛情はなくなるのだろう。
私たちの間の問題と言えば時間と互いのへの想いと……初心。
まだ片想いだった時、付き合い始めた時、初めてデートに行った時。その時はこんなにもつまらなく毎日がどんよりとはしていなかったはずだ。
「痛っ」
何もないところで転ぶのは小さい頃からずっとそうで、膝の傷は絶えずに生まれてくる。少し赤くなった右膝の砂利を少し取ろうと、ハンカチを出すと運悪く風が吹いて来た。
ハンカチは風に身を任せそのまま近くの池へ落ち沈んで行く。
「……」
思い入れのあるハンカチだったはずなのに、私は取りに行こうともしなかった。時間がないし、制服のまま水の中へ行くこともできない。
(それにあんな布切れ、もうすぐで捨てるところだったし……)
その場を立ち去ろうと学校方面へ足を向ける。すると、ザパァと大きな水の音が聞こえた。
昔読んだことある童話。「金のオノと銀のオノ」運悪くオノを落としてしまったお爺さんの目の前には泉の精が現れ、「あなたが落としたのはこの金のオノですか? それとも銀のオノですか?」と問う。
私はまさにそのお爺さんだった。目の前には若い男の人。後光が差し、にこやかな笑みを浮かべている。
「あなたが失ったものは時間? それとも愛情?」
わけのわからない質問に何か言うに気もなれず、ただただ本当のことを口に出した。
「い、いいえ。ハンカチ、です」
言うと男の人は更ににっこりと笑みを浮かべる。
「正直者のあなたにはその両方を取り戻すチャンスを与えましょう」
どうやら、「金のオノと銀のオノ」の結末とは、少し違うらしい。
はっと我に返った頃、目の前には懐かしい母校。3年前卒業したはずの中学校が建っていた。