第五話 つまり12/24
ちなみに、メリークリスマスでもありますね。
「Y・H、大丈夫?」
「……なにが?」
「だって、Y・Hの顔、ずっと固いよ。せっかく発表も失敗しないで終わったのに、表情が接着剤で固定したみたい」
「そうかな、ごめんなさい」
「いや、私はY・Hを心配していただけで……」
「そうなの? ごめんなさい」
「本当に大丈夫?」
Y・Hには友人の噛み合わない会話を申し訳ないと思うこおはなかった。ただ、友人が心配して、しかし自身は空振りをしているから、とにかく謝らなくてはならない、という動機だけだった。彼女はそれをよしとしない人格者だった。しかし、色あせた彼女は人形のように冷たくなっていた。
「Y・H……」
「あ、」
彼女の名を呼ぶのは、彼女が尊敬する部活の先輩だった。
「貴方はひたむきな人でした。貴方ほどに己を変えようと鍛練を望んだものはいないでしょう」
「ありがとうございます」
「しかし、誤った鍛練であったかもしれないと……いえ、誤った望みを叶えようとしていたのではないかと、一度考えてみなさい」
「はい」
周囲は唖然としていた。まるでY・Hの魂がどこかへ消えたか、それともロボトミー手術を受けたかのような変貌っぷりは、開いた口もなかなか閉じないだろう。
「貴方がしているのは、数学の問題ではないのです」
先輩の説教はそこで終了した。Y・Hはなにも返さなかった。返す言葉も意味もないと思ったから。
父の言葉は、見事に簡潔で、ただ「悪くなかった」だけだった。実質、これは継続を許すことと同義であり、加えるなら寡黙な父が送る最高の賛辞だ、と普段のY・Hは素直に喜ぶだろう。
しかし今のY・Hとってはそんなこと、道端の石ころみたいな言葉であり、一喜一憂するなどあり得なかった。
Y・Hが自室に戻ると、カエル紳士がそこにいた。カエル紳士はもう人間サイズくらいに大きくなっており、Y・Hの部屋だけでは隠せなかった。しかし、カエル紳士が見つかろうと、構わなかった彼女は無理にカエル紳士を拘束することはせず、そのまま放置していた。つまり今日は誰も自室に入らなかったらしい。
カエル紳士はもうお別れだと伝えた。?(
Y・Hは淡白に「そう、」とだけ言うとカエル紳士が去っていくのを見届けた。カエル紳士は少しずつそのカラフルに構築された体を小さな結晶にして散っていくと、遂には消えてしまった。
「……」
はじめて彼女は考えた。
この違和感に。
「何でだろう」
小説の中にある無数の文字のなかに、一文字だけ誤植があるような、そんな違和感。それを探しているようだった。
「もしかして」
私はなぜ、悲しんでいないんだろう。
「そうだ……」
なぜ発表で成功したのに、安心していないんだろう。
父から認められたのに、なぜ喜んでいないんだろう。
先輩から咎められたのに、なぜ反省してないのだろう。
なぜカエル紳士が去ったのに、悲しいと思わないんだろう。
なぜ? なぜ
プルルルル
彼女のケータイが振動した。友人からの電話だ。
「Y・H! 外を見て!」
「え、うん」
カーテンを開けると、色が降っていた。?
ホワイトイエローブルーにレッド、ノーマルグリーン、フレッシュグリーンオレンジピンクパープルブラック。
「みんなきれいだね」
「とてもきれいだね」
色を失っていた。ただそれだけだけだった。ただ個性を失い、無気力になっていた。
数学の問題をしているのではない。私たちは芸術家の様に、作品に色を活動をしている。そんなY・Hが色を失っているとすれば、何を感動させれるのだろう。彼女の父が、成長した姿に感動しただけで、それ以外は何かを得られただろうか。
「私、これからはもっと個性丸出しで、貪欲にいきるよ」
「え、Y・H? ……うん。それがいいと思うよ。ミスもするけど、それでも立ち向かって、この部活を続けてきた。そんなひた向きなY・Hがやっぱりいいと思う」
もう一度、父に発表へ呼ぼう。今度はミスをしない自分ではなく、ミスに負けない自分を見せたい。でもいざ、本番でミスをしたらと想像すると……。
「う、うぅー。穴を歩って埋まりたいぃー」?(
「え! ダメだよ! 頑張って耐えて!」?
「う、うん。私、頑張る」(
「それにしても、やっと元気が出たね」
Y・Hに元気が戻った。そして同時に、元は彼女のもので、色となっていたものたちはY・Hの元に帰ってくる。
今は小さい涙が、徐々に大粒になる。それはどんなに強くても耐えられない試練であり、乗り越えなくてはならないものだった。
最後にですが、しつこいようですが、もう一度。
Y・Hさん、おめでとうございます。貴方のお強さは、いつも私を魅了してくれました。貴方は自分を駄目な人間と思っているやもしれませんが、駄目な人間は私のように、人が寄り付かない人間であって、たくさんの友人に囲まれ、愛される貴方は紛れもなく、素晴らしい人格者だと私は思います。私はあなたを見習う事をしなければいけませんね(笑)
いつまでも貴方が素晴らしい人でありますように。
そしてできる事ならば、いつか貴方が入れたお茶を飲む日が来ればと、私は望んでいます。




