鴉の家 ※未完
お題:緩やかな恋 制限時間:15分 文字数:518字
あの人の目に俺は映っていない。最初から俺なんか眼中になかった。
そう思ったのはあの日、帰り道にこっそりと庭をうかがったときのこと。あの人は珍しく縁側にいて、膝を抱えながらタバコを吸っていた。 ニットのセーターとショートパンツとカラータイツといういつもの姿に初めて見た大きなイヤリングが揺れる。真っ赤な夕焼けの中、煙が細く細く立ち上っていた。傍らには灰皿とあの写真立てがあった。それを見て、わかったんだ。
あの人はいつもどおり無表情で、赤いマニキュアの目立つ指でタバコを持ち、赤い唇でタバコをくわえ、離し、ふーっと深く煙を吐いた。それだけの動作に悲しみが詰まっていた。煙と共に吐き出されたものはきっとあの人が今まで教えてくれなかった感情だった。
僕はあの人の前に立った。あの人はいつもどおりにヘラッと笑った。
「よう、今帰り?」
それは初めて会ったときと何ら変わらないいつものあの人だった。先ほどまでの寂しさなんかもうどこにも見当たらなかった。
「部活は?もう終わったの?最近暗くなるの早いもんなあ」
あの人は僕の前では笑うのだ。僕に弱味を見せることを許さない。それが悔しかった。だから、言ってしまったのかもしれない。
「あ」




