葵ちゃん ※未完
お題:もしかして野球 制限時間:2時間 文字数:2126字
葵ちゃんとは同じクラスになってから半年、ほとんど話をしたことがなかった。私はクラスで地味な方だけれど、新しいクラスになってからも孤立しないように必死で友だちを作った。けれど、葵ちゃんは最初から1人だった。友だちをつくろうとする素振りを一切見せなかった。もちろんクラスメイトの女子が何人か彼女に話しかけたものの、葵ちゃんは小さい声でぼそぼそと話すものだから、何度も聞き返したり会話が続かなかったりして次第にクラスで孤立していった。しかし、彼女はそれをあまり気にしていないようで、休み時間はいつも自分の席で読書していた。
その日、私が所属している写真部は空き教室で2週間に1度のミーティングをした。写真部は小規模で部員全員を合わせても10人に満たない。部としての今後の活動、部員それぞれの活動を雑談まじりに話し、長引いたミーティングはしかし1時間程度で終わった。ミーティングをした教室は2階で、階段の方へ向かうと、その途中に図書室がある。いつもならスルーしてしまうけれど、その時の私は図書室に「開館中」の札がかけられているのを見てなんとなく、本当にただなんとなくでスリッパを履きかえた。
図書室には何度か来ている。私は小学生の頃から読書が趣味で、小学校・中学校の休み時間は図書室に入り浸ってきた。高校でもそうなると思っていたが、残念ながら高校の図書室は参考書や専門書が多く、代わりに娯楽の読みものが少なかった。初めて図書室に来た日はずいぶんがっかりしてしまい、以降は気がむいたときに足を運ぶ程度だった。
入って正面の受付には読書中の司書の先生がいた。先生は私を見ることなく、読書にふけっていて、それはいつものことだった。私は自習コーナーへと向かい、6人分の席が用意されている机の窓際の席に荷物を置いた。私の周りには生徒が3人。みんな、教科書や参考書やノートを開いて勉強していた。3年生だろうか?真面目だなと思いながら私は文芸書の棚へ向かう。すると、文芸書のコーナーには先客がいた。それは葵ちゃんだった。分厚い単行本を立ち読みしている。こんな時間に図書室でクラスメイトと会うなんて思ってもみなかったから思わず「あっ」と声が出た。葵ちゃんがこちらに気付いて同じく「あっ」と言った。
「ご、ごめんね。邪魔だったよね」
「あ、全然。熱心に読んでるみたいだったから何読んでるのかなって」
葵ちゃんは顔が真っ赤になり、読んでいた本をそのままバッと顔の位置にあげた。本の表紙を見て私は「あっ」と叫んだ。葵ちゃんがびくりと肩を震わせる。
「ナナオさんのりかこちゃんシリーズ。私も読んだよ、それ。面白いよね」
葵ちゃんは本で顔の半分を隠しながら、こちらを窺う。
「ほ、本当?」
「うん。最近新しいの出たよね。私まだ読んでないけど」
「そうなんだ…」
私は近くの棚に向き直り、背表紙が目についた小説を引き抜いた。ぱらぱらと中身に目を通すと葵ちゃんが「あ、それ」と呟いた。葵ちゃんを見ると彼女は読んでいた単行本を閉じ、手に持っていた。
「知ってるの?」
「うん。面白いよ。読んだことある。学園ラブコメ」
「じゃあ読んでみようかな」
私はその本を持って自分の席に戻った。文芸書の棚を見やると葵ちゃんは再びその場で本を開いて読んでいた。座ればいいのに、しんどくないのかな?と思ったけれど、私は椅子に座って本を開いた。
シャーペンがすべる音、ページをめくる音、椅子のきしむ音、足音、溜め息。初めは気になった音も小説を読み進めていくと気にならなくなった。小説の内容は主人公の女子高生が幽霊になった同級生の成仏を助けるというのが大筋らしい。主人公の心情が丁寧に描かれており、私はすっかり主人公の気持ちに入り込んで夢中になってしまった。
不意に校内放送が流れる。『下校時刻10分前です。校内に残っている生徒は速やかに下校してください。繰り返します…』
もうそんな時間かと驚きながら私は荷物と本を持って席を立った。受付へ向かいながら、財布から貸し出しカードを取り出し、本と一緒に受付の司書の先生に渡した。先生は手際よく貸し出し作業をすませ、「返却期限は29日です」と言って本を渡してくれた。私は本を鞄に入れ、図書室を後にした。
下足室から校門にかけては部活終わりの生徒がそこそこいた。私が校門を出た後、野球部やサッカーブといった運動部や吹奏楽部といった文化部が走って学校から出てきた。下校時刻を過ぎても校内に残っている部活は休部にされてしまう、らしい。らしいと言ったのは私が所属する写真部では経験したことがなくてわからないからだ。写真部はなぜか下校時刻30分前には必ず部活動を終える、部内だけのルールがある。何代も前の部長がそう決めてから代々引き継がれてきたらしい。
一人で薄暗い帰り道を歩いていると、数メートル前方に葵ちゃんを見つけた。全然気づかなかったかれど、彼女も遅くまで残っていたらしい。私は少し悩んで、彼女の後を追いかけた。
「葵ちゃん」
後ろから声をかけると彼女はびくりと肩を震わせ、振り向いた。
「ごめんね、驚かせちゃった?」
「あ、ううん」




