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チョコレートを食べながら  作者: 藍沢凪
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真夜中を走る

お題:今日の失踪 制限時間:1時間 文字数:1379字


0時32分。ほとんど計画通りに目が覚めた。

パジャマを着替え、あらかじめ用意しておいたリュックの中を確認する。思っていたよりも大荷物になってしまったけれど仕方ない。確認を終わるとリョックを背負い、部屋のドアを開けて耳を澄ませる。家族は寝ているらしく家の中はしんと静まりかえっていた。忍び足でリビングへ向かい、冷蔵庫のペットボトルのお茶とパンをリュックに詰めた。最後にテーブルの上に書置きを残し、玄関へ向かう。靴を履いて、音を立てないようにドアを開閉した。

とりあえずのミッションは終わりだ。深呼吸して夜の空気を胸いっぱいに入れ、吐き出す。そして僕はガレージ脇に止めていたマウンテンバイクの鍵を外した。

サドルにまたがり、ちらっと家を見上げる。明かりの消えた僕の部屋。外から見ると僕の部屋はちっぽけで、あんな小さい空間で死にかけていたことが嘘みたいだった。逃げられないと思っていたけれど、逃げ出すのはこんなにも簡単だったのだ。

心残りは何もない。

僕は前を見据えてペダルを踏み込んだ。

さようなら。


タイヤが勢いよく回る音と風を切る音。心地いい夜風。点々と道を垂らす街灯。真夜中の街は僕をすんなりと受けいれてくれた。

閑静な住宅街を一人、自転車で走り抜ける。ライトの眩しい軽自動車も、追い抜いたサラリーマンも、横切って行った猫。全てが不思議と夜中の街になじんでいた。行く宛のない僕も深夜ならなじんでいるだろうか。街灯に照らされてできた僕の影はすぐに闇に飲み込まれて見えなくなる。等間隔に並んだ街灯は僕の影を浮かび上がらせては消していく。

友人の住むマンションを横目にひた走る。友人は今頃自室のベッドで良い夢でも見ながら眠っているに違いない。僕もそうだったら良かった。眠る前も目覚めた後も、良かったと思えるような日々だったらきっと今頃僕もベッドの中にいたんだ。

ぎゅっとハンドルを握ってペダルをこぎ続ける。


住宅街を抜けると国道に出た。昼よりは車や人通りが少ないけれど、全くないわけではない。僕は国道に沿って北上してみることにした。この道がどこへ続いているかは知らない。どうせ行く宛のない家出なのだから何かに身を任せたかったし、逃げたかった。僕に絡みついてくる鎖という鎖を振り切って、断ち切りたかった。それだけの理由だ。

シャッターが下りて明かりの消えたチェーン店をいくつも通り過ぎていく。赤信号で止まるのが怖いと思ったのは初めてかもしれない。


1時間も走ると疲れが出てきた。どこかで休憩したくて、でも深夜営業のファミレスなんかは入りづらくて、しばらく休めそうな場所を探しながらのろのろと走った。そして、ふと目についたコンビニの脇で自転車を止めた。自転車を降りて傍らに座り、リュックを下ろすと、どっと今までの疲れが体にやってきた。リュックからタオルを取り出して汗をふき、お茶を飲んで一息つく。

自転車で1時間というとかなり遠くにきたような気もするけれど車だったら数十分の距離だろう。それはつまり、僕の家から大して離れていないということだ。まだまだ僕の家では始まったばかりだ。

一台の車がコンビニの駐車場に止まり、運転手が下りてきた。運転手は僕を怪訝そうに見てコンビニへ入っていく。なんだか気恥ずかしくなって、僕は荷物をまとめると再び自転車にまたがった。


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