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チョコレートを食べながら  作者: 藍沢凪
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海と彼女

お題:3月の海 必須要素:漫画 制限時間:1時間 文字数:1174字


1時間近く乗り継いだ電車を降りると冷たい風が吹き付けてきた。羽織っていた上着をぎゅっと引き寄せ、改札を抜ける。駅を出て数分歩くと視界が開けた。冷たく向かってくる風は潮の香りを僕に運んできて、寄せては返す波の音が耳に響く。3月の海は以前に来たときと何も変わらないはずなのに、妙によそよそしかった。


砂浜に降りられないのでコンクリートの堤防に足を投げ出して座る。肩にかけたショルダーバッグを下ろして、ペットボトルを取り出すとき、先程電車内で読んだ漫画が目に入った。週末に海へ行くと知った友人が旅のお供にはこれと半ば無理やり僕に押し付けてきたのだ。僕は興味がなかったけれど折角借りたから読んでみたら、なかなかどうして面白かった。明日会ったらお礼を言おうと思う。ペットボトルのお茶を飲んで一息つく。


前に来たときは夏の終わりで、暖かい太陽と涼しい風が相まって心地よかった。海が全てを飲み込んでくれるような、あるいは包み込んでくれるような包容力があった。その包容力を今日は微塵も感じられない。寄せては引く波が僕を連れて行ってしまいそうな、沈んでいってしまいそうな怖さがある。


「香澄、久しぶり」


呟いた僕にざざーんと波が引き寄せ、答えてくれたようだった。あるいは笑ってくれているのかも知れなかった。


僕は鞄にペットボトルを戻して、代わりに手帳を取り出す。最後のページに挟んだ1枚の写真を取り出す。そこには海を背景に立っている一人の女の子が映っている。白い帽子とピンクのワンピースを着ていて、カメラに向けて笑顔でピースサインをしている。僕と香澄が初めて海に訪れたとき、僕が撮った写真だ。彼女らしさを感じる写真は、彼女が亡くなってからいつも持ち歩いている。


『死んだら私は海に帰るのよ』


2人で始めてここへ訪れたとき彼女が口にした言葉は忘れられない。どうして?と聞いた僕に彼女は口を尖らせる。


『私、地上のどこにもいたくないの。人がいる場所なんてまっぴらよ』


なるほど、それは人嫌いの彼女らしい理由だった。もし香澄が先に死んでしまったら簡単に会えなくなるよ?と言ったら香澄はぷうっと頬を膨らませた。


『海まで会いに来るつもりないの?』

『いや、元気だったらいいけどさー』

『じゃあ、海の近くに住んで。そしたら毎日窓の外を見るだけで会えるでしょ』


自信満々に言う彼女に僕は思わず吹き出してしまって、それを見咎めた彼女がぽこぽこと僕を殴った。


この写真を見ているとどうしても思い出してしまう。将来の話をたくさんしたこと。2人で見たもの。感じたもの。香澄の声。笑顔。彼女との思い出。記憶。2年経っても忘れられないことばかりだ。潤んできた瞳を逸らして海を眺める。


「今年も会いに来たよ、香澄」


太陽の光が水面に反射してきらきら輝いていた。


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