旅行
お題:不幸な旅行 制限時間:30分 文字数:811字
旅行なんて出不精の僕は滅多に行かないのだけれど、日曜日は僕らにとって特別な日だったから思い切って一泊二日の旅行をすることにした。たまには知らない場所の空気を吸った方がいい。彼女もきっと喜んでくれる。
そうと決まってからガイドブックを見たり、ネットで検索したりして計画を立てた。旅館を予約して、ご飯するお店の目星をつけて、彼女が好きそうな観光地を考えて、そうしてあっという間にその日は来た。
雲がほとんど見当たらない良い天気。数年前に買った軽自動車の運転席に僕、助手席に彼女が乗って出発。行先は彼女がずっと行きたがっていた海の見える街。高速に入ってカーラジオをつける。ラジオからは僕の知らない洋楽が流れてきた。女性歌手がしっとりと歌うバラードを彼女は静かに聴いていた。
高速を降りて県道をしばらく走っていると12時を過ぎていた。県道沿いには飯屋がいくつか並んでいて、パッと目についた海鮮料理の店に車を止めた。昼時ともあって店はずいぶん混んでいたが人気の海鮮丼は注文してからほどなくやってきた。美味いと呟くと彼女もそうだねと言うように笑っていた。
店を出て再び車に乗り込み、県道をひた走ると道はいつの間にか海沿いになっていた。ラジオから流れるアップテンポな音楽に合わせて口笛を吹く。そうして辿り着いたのは水族館。入館して薄暗い館内をゆっくりと歩く。たくさんの魚が泳いでいる中で、彼女はクラゲが好きだから他の水槽よりも長いことクラゲを眺めた。その後、イルカショーやアシカショーを見学し、水族館を後にした。
ラジオDJの軽快なしゃべりを聞きながら今日泊まる予定の旅館へ向かう。旅館に着いて受付を済ませ、部屋に通される。荷物を下ろして窓を開けると目の前が海だった。
僕は今日の道中ずっと抱えていた彼女の写真を海に向ける。
「生きているときに連れてこられなくてごめんね」
どこからか「ありがとう」という言葉が聞こえた気がした。




