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チョコレートを食べながら  作者: 藍沢凪
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ナツとユキ

お題:光の悪意 制限時間:1時間 文字数:1554字


ユキはいいヤツだ。いつだって物事の本質を見抜いて解決策や対策をすらすらと並べ立て、困ったら力になるからと笑う。実際に私だろうが他のクラスのヤツだろうが誰かに頼られれば嫌な顔ひとつしないで手を貸す。頭が良くて運動が得意で人に好かれて。ユキはいいヤツだ。

いいヤツ過ぎていつも一緒にいる私は惨めだ。


「そういう言葉が聞きたいんじゃないよ」


ユキは困っていた。私は何も言えなかった。





私は勉強や運動や人付き合いをそこそこ上手くやってきた。テストは平均点以上だったし、走るのは遅すぎず速すぎず、クラスで常に一緒にいる友だちは何人かいた。でも、それは高校までの話。

私が大学に入学してから状況はがらりと変わる。

友だち作りがうまくいかなかったとか、講義の内容が難しくて単位をいくつも落としたとか、初めての一人暮しがしんどかったとか、色々と理由はあるけれど私は入学した年の秋にはほとんど大学へ行かなくなった。講義室で1コマ90分、きっと将来の職業には何の関係もないだろう話を聞き続けるぐらいなら部屋にこもってネットサーフィンしていたかった。気づいたんだ、大学生活の意味の無さに。

なりたいものがない。やりたいことがない。なりたい私がいない。今も未来もこうしてご飯が食べられてネットができたらそれだけでいい。長生きは求めていないから適当に食いつないでいけるだけの稼ぎがあればいい。一生フリーターでもいい。

でも、じゃあ、私のこれからの人生って何なんだ?


何にも未来が見えなくないまま年が明けて、私は実家に帰った。大学から実家に連絡がいったらしい。両親と話し合って私は大学を休学することにした。


実家でぼーっと毎日を過ごした。1日のほとんどを自室で過ごし、ご飯を食べたり食べなかったり昼に起きたり明け方に寝たり、生活リズムがメチャクチャだった。その頃にはいつ死んでもいいと思っていた。毎日目覚めるとき、今日も生きているという絶望感を味わっていたけれど、それでも家族に迷惑をかけるからと死ぬ勇気のない私が情けなかった。


暇だから会おうってそれだけの連絡がユキから来たのは春休みだった。正直言って人と会うのも面倒に思っていたけれどユキは小さい頃からずっと付き合ってきた私の唯一の親友的存在。気だるい気持ちを押し込めて予定を合わせ、近くのカフェで落ち合った。

ユとは高校卒業ぶりに会ったけれど髪が茶色に染まっている以外は何も変わっていなかった。コーヒーを飲みながら色んな話をして、その中には互いの近況もあって。私は上手く隠せそうになかったから今の私の状況と気持ちを率直に伝えた。そうしたらユキは悲痛な顔で言った。


「死んだらダメだよ。絶対ダメ。ナツの家族や友だちが悲しむよ。それにナツが死にたいと思って過ごした今日は昨日死んだ人が生きたいと願った明日だよ。ナツにはまだまだ未来があるんだよ」


言われた瞬間、頭が真っ白になった。

私は私の死を考えるときでさえ見知らぬ誰かの命や他人の感情を考えろと言うのだろうか。真っ暗な道を歩いていけと言うのだろうか。ユキは至極真面目な表情だった。


「そういう言葉が聞きたいんじゃないよ」

「聞きたいとか聞きたくないとかじゃなくて」

「いいよ、ユキにはきっと一生わかんないから」


ユキは困っていた。私は何も言えなかった。ユキの言っていることはわかっている。でも、誰かにとって正しいことは誰かにとって間違いになる。ユキの言葉はいつだって未来を照らす光だ。それでも私にはその光が眩しかった。闇にとって光は悪意としか感じられない。


ユキはいいヤツだ。本当にいいヤツ。今もまだ私にかける言葉を探している。それでも私の心は完全に閉じてしまった。沈黙で口にしたコーヒーは苦かった。


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