ある夏の日 ※未完
お題:せつない出会い 制限時間:1時間 文字数:1490字
家の裏にあるレンガで囲ったスペースには、母さんが種を蒔いた向日葵の茎がにょきにょきと育っている。順調に行けば、太陽のような花を咲かせるだろう。
水道の蛇口を捻り、右手に持ったホースの先端を親指でぎゅっと押し潰して向日葵に向ける。勢いよく出る水は放物線を描き、青々しい向日葵に雨のように降り注ぐ。
葉が濡れ、土の色が濃く変わり、そろそろいいだろうかと親指を離す。水がだらだらと垂れ流しになっているホースを引きずって、濡れないように気を付けながら家の表にある畑へ向かう。
畑と言っても、さして土地のないウチではいわゆる家庭菜園の範囲内でおさまる規模だ。育てているものも、ゴーヤやエンドウ豆のように放っておいても虫がつきにくく勝手にそれなりに育って美味しいものばかりだ。
畑が見えてきた時、「あ」と思わず声が出て足を止めた。
畑の近くに人が立っていて、ちょうど僕に背を向ける形だった。僕の声に反応したその人はこちらに振り向く。
知らない女の子だった。
耳の下辺りでまっすぐに切り揃えられたショートヘアーの頭には野球帽を被っていた。水色のシャツはボタンを上から二つほど開けており、袖は肘まで捲りあげている。ベージュのハーフパンツは裾にゴムが入っているようできゅっと締まっている。足には派手なピンク色のクロックスを履いていて、やたらとそれが目についた。
僕と年が近そうだ。帽子のつばで作られた陰から、つり目が僕をまっすぐに捉える。
ドキドキと心臓が鳴る。目を逸らしたくなる。それでも、ぐっと堪える。
「こ、こんにちは」
どこの誰かはわからなくても、顔を合わせたなら最低限の会釈なり挨拶なりをしておくべきだった。ここらの付き合いは狭いから、山田さんちの子どもは無愛想だとか感じが悪いなんて噂は一瞬で広まってしまう。家族に窮屈な思いはさせたくない。
勇気を振り絞った声はやや上ずった。
「…こんにちは」
彼女は一呼吸置いて答えた。笑うでもなく、怪訝そうにするでもなく、彼女は僕が挨拶をしたから機械的に答えを返したように感じられた。
僕はホースを引きずって彼女から数メートルほど距離を開けて、畑に水を撒く。ホースの先から噴出する水に虹がかかった。
よそから遊びに来ていた子がたまたまウチの前を通りがかったのかもしれない、と楽観的に思おうとしたが、僕が畑に水を撒いていても彼女は畑の前から動かなかった。何が面白いのか畑の緑をじっと見ている。
畑にはつい最近種を蒔いて生育途中の苗が多いため大した果実も成っていないし、植物に興味のない人からすれば雑草に見えてしまうぐらいには面白味がないと思う。
こちらを見ないでくれ、話しかけないでくれ、早くどこかへ行ってくれ、と強く願い続けてみても彼女は立ち尽くしていた。
畑に満遍なく水をやり、頃合いだろうと判断してそそくさと畑を離れようとした。
「あの」
その時、今度は彼女から声をかけられた。気付かないふりをして家に入ってしまえばよかったかもしれないが、驚いてとっさに彼女を見てしまい、ばっちりと目があった。無視はできない。
「陸くんですか」
「そう、ですけど」
困惑する。僕は彼女を知らないというのに、彼女は僕のことを知っているらしい。以前どこかで会ったのに僕が忘れてしまっているのだろうか、しかしさっぱり思い出せない。
煩悶している僕をよそに、彼女は野球帽のつばに手をかけて帽子を脱いだ。
「初めまして。水野ちひろです」
水野という名字には心当たりがあった。ウチから三軒隣にある家だ。しかし、その家には子どもはいなかったはずだ。




