ハッシュとミー ※未完
お題:死にかけの町 制限時間:1時間 文字数:1733字
「どこが風光明媚な観光客向けの町だって!?廃墟だらけで人ひとり見当たらないじゃないか!」
町の大通りと思われる車道のど真ん中に突っ立ったハッシュが両拳を突き上げて叫ぶ。歩道のガードレールにもたれていた僕はこっそりとため息を吐いた。
ハッシュと僕に出張命令が下されたのはほんの一週間前だった。
いつも本部の四階で書類とにらめっこしている僕らにお鉢が回ってくるだなんてどういう了見なのか、出張なら旅慣れているレイラやトーンなどに任せておけばいいじゃないかと思った。しかし、当の二人は既に北の極寒地で楽しくやっていて、外に出られる人間が僕とハッシュ以外にいないのだと上司に説明された。
初めての遠隔地への出張に際し、上司は僕らの不安を和らげるために確かに言っていたのだ。リットーの町は自然豊か、風光明媚、観光客はもちろん仕事で行ったとしても楽しい町だ、と。
上司の言葉を鵜呑みにして無知のままやって来た僕らにも多少の責任はあるのかもしれないが、列車を降りた時に僕ら以外乗客の誰も降りなかったことや駅が無人だったことをもう少し訝しんでおけば良かった。
駅前のバスターミナルにはバスは一台もなく、時刻表は真っ白だった。代わりになりそうなタクシーの一台も見当たらない。
仕方なく僕らはシャッターが降りた商店街をスーツケースを引きずりながらとぼとぼと歩き、住宅街の細道を抜け、大通りに面するまで三十分。車や自転車すら走っていない。人の姿もなければ明かりの点いている建物もないなんて思わなかった。
リュックを背負って歩きづめのハッシュはついに怒りを堪えきれなくなり、上司に騙されただの何だのと、わあわあ騒ぎはじめた。ハッシュの怒鳴り声は誰もいないだだっ広い通りに虚しくもよく響く。
「ミーはムカつかないのか!?」
「ああ、ムカつくよ」
「だろう!?帰ったら直接文句を言ってやる!」
ハッシュの怒りが爆発しきるまでの間、僕は適当な相づちを打ちながら、本部を出る前に上司から手渡された指令書を読み返していた。
大雑把に言ってしまえば出張でやることなんてほとんど形式や手順が定まっているし、一読した限り指令書に書かれている内容もレイラやトーンと雑談した時に二人から聞いたものと変わらない。ある一点を除いては。
「ミー、疲れた」
「そりゃそんだけ喚いたら疲れるだろう」
ハッシュはようやく落ち着きを取り戻すと、僕の隣にやって来てリュックを下ろした。リュックのサイドポケットからペットボトルを取り出すとごくごく喉を鳴らして水分補給をする。
「僕らはあの人に騙されたのか?町がこんな状況じゃ僕らが行きたがらないだろうと思って」
「さあ?でも、状況が状況ならちゃんと事前に説明してくれると思うんだけど。ハザマの時だって、抗争状態にあるから気を付けろってシュリーに言ってただろ?おかげで本人は行く前から胃に穴が空きそうだって青い顔で言ってたし、帰ってきてから胃潰瘍になってたし」
仮に僕らが町の惨状を聞いて嫌だと言ったところで、権力があるのは上司のほうなんだから命令されれば僕らには拒否権がない。人格に多少難ありな上司ではあるが、仕事に関しては実にスマートな人間なので他の町と勘違いしているとも考えにくい。ハッシュも僕もあの人の仕事ぶりは本部で嫌と言うほど目の当たりにしている。
「だよなあ。なんか変な感じだ」
ハッシュはペットボトルをリュックに戻すと、僕の隣でガードレールにもたれて、僕の広げていた指令書を覗きこむ。
「ともあれ、宿までもうすぐなんだろう?時間をとって悪かったな。さっさと行こう」
「そうだね」
ハッシュはリュックを背負いなおし、僕もスーツケースを引きずって歩きはじめる。
それから十分ほど歩いて、商業ビルと商業ビルに挟まれた、僕らが当面泊まるつもりの宿に辿り着いた。ハッシュは宿を見て盛大に眉をひそめた。
「本当にここ?」
「本当にここだね」
「営業してるのか?」
「たぶん」
宿の玄関に明かりはなく、窓ガラスから覗いてみても中は薄暗いし人影もない。ドアにかけられている墨文字の古風な「営業中」の札がなければ、誰だって休業中にしか思えない様子だ。




