ファンタジーランド ※未完
お題:求めていたのは怒り 制限時間:1時間 文字数:2266字
「幻の国へ入るにはチケットがいるんだ。一人一枚。ただし、チケットの金額や入手方法なんて誰も知らない。チケットは一方通行で、一度入ったら帰ってこられないってウ・ワ・サ。よっぽどの幸運か、人生を棒に振る覚悟がないと行けないらしいよね」
幻の国に対して囁かれているそれらの噂は僕も耳にたこが出来るほど聞いていた。行方不明の人間が出たら、その人は幻の国へ行ってしまったのだとまことしやかに言われ、まともな捜索もされない。幻の国が話題になってからのこの一年、失踪者があまりに多すぎて警察だって手が足りない。
わざと勿体ぶるような話し方をしていた彼女だったが、ポケットに突っ込んだ右手が引き抜かれた時にはその手に二枚のチケットがあった。どうやって手に入れたのか、そのチケットの表面には確かに“入国許可証”と金字で記されている。
「大人用チケットが二枚。暇をもてあまして死にたがってる学生が二人。さて、この後は?」
そんなの、考える必要もない。最初からそのつもりだったんだ。
僕は彼女の手からチケットを一枚抜きとった。
「現実逃避するに決まってる」
「そうこなくっちゃ」
彼女は目をすうっと細めて口端をぎゅうっと吊り上げた。三日月形の目と唇はピエロのように愉快そうだ。
「私たちにとってこの街は地獄だった。逃げ出せるならいつだって逃げ出すつもりだったけど、判断力と思考力と資金力のない私たちには不可能だった。今回はたまたまそのチャンスがチケットの形になって巡ってきたから私たちは手を伸ばした。それだけ」
「地獄から出られたら、何処だって天国に等しいだろ?」
「はは、趣向の違う地獄かもよ。ここが灼熱なら向うは氷河みたいに、或いは状況が悪化するだけかもしれない。絶望の先が希望とは限らないよ」
「それでもこの街に残って死に続けているよりは何百倍もマシだ」
言えてる、と彼女は吐き捨てるように呟いた。
「でも、国への入り口、国境は何処に?入管ゲートとかあるんじゃないのか?」
幻の国、と名付けられ帰国者がいないと言われているだけあって、その実態は誰にもわからない。空を飛んでいるだとか地下深くにあるんだとか透明だとか、学者たちの間でも様々な憶測が飛んでおり、冒険家たちが血眼になって探しているというのに、国としては何一つとして確かな情報がない。
しかし、僕の当たり前な疑問を聞いても彼女は笑顔を崩さないどころか、ますます自信たっぷりに笑みを深める。
「私はこのチケットをもらった時に教えてもらったんだよ。能動的じゃ一生入国できない、ということだっただけさ」
「能動的?いや、そもそも貰ったって誰から」
「追いかければ逃げるのなら、向こうが来るまで待つといい。向こうにとってこれは確認しなければならない証書じゃなくて、SOSを出している人の目印だったんだ」
僕の疑問には答えず、彼女は右手のチケットを高々と空に向けて突き上げた。
「幻の国、入国希望です!」
彼女の大声が辺りにうわんと響いて、しんと静まり返る。彼女は手を突き上げたまま、目をらんらんと輝かせ、動きを止めた。かと思うと、僕にちらっと視線を送ってきた。僕にも同じことをやれ、と言いたいらしい。幻の国に入るには本当にこの方法しかないのか甚だ疑わしかったが、結局好奇心に負けた僕は彼女の真似をして、右手に持ったチケットを空に向かって勢いよく掲げた。
「ま、幻の国、入国希望です!」
めいっぱい叫んで、辺りがしんと静まり返る。
まだ太陽の昇りきらない明け方、あまり良くない噂が付きまとっている岬の先端までやってきて、海に向かって何をやっているんだろうと頭の芯が冷えた。彼女の行動がやけに芝居がかって見えたからかもしれない。水平線は太陽の光を受けてオレンジ色に燃え、海面は白く輝きはじめているが、空にはまだ僅かに藍色が残っている。
端から見ると、誰も信じない都市伝説にかぶれてしまった学生がはしゃいでいるだけのようで空しさが込み上げてくる。いやまあ、はしゃいでいるのは事実だけど。
何も変化がないようだね、とがっかりして彼女に話しかけようとした時、キィンと高い音で耳鳴りがした。耳鳴りが続き、思わず挙げていた手も下ろして両耳を塞ぐ。
彼女もまた不思議そうに目をぱちりぱちりと瞬かせ、空に掲げていない左手で左耳を塞いだ。
「おはようございます。新しい入国希望者さんたち」
どこからともなく抑揚のない女性の声が耳を塞いでいてもはっきりと聞こえた。僕と彼女は驚きに目を合わせて、うんと一つ頷きあってから、後ろを振り返る。
僕らの背後にはいつの間にかスーツをきっちりと着ている女性が立っていた。もっとも、その人が女性であると判断できたのは、糊のきいた白いシャツと黒いジャケットにスカート、パンプスという点だけだった。何故なら、頭にはとてもリアルでいっそ不気味ですらある馬の被り物をしていたからだ。
「チケットのご提示、ありがとうございました。我々、幻の国はお二人を歓迎致します」
馬の被り物の奥からは確かに女性の声が聞こえて、女性は丁寧に腰を折ってお辞儀した。その時には僕の耳鳴りは止んでいて、さすがに呆気にとられたらしい彼女は突き上げていた手をだらりと下ろした。
「えっと、あの、あなたは幻の国の方、ですか?」
「はい、そうです。お二人を迎えに参りました」
「ええっと、その頭のマスクは」
「ふふ、なかなか精緻な出来ではございませんか?けっこう気に入っています」




