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チョコレートを食べながら  作者: 藍沢凪
230/250

Stargazer ※未完

お題:暗い道のり 制限時間:1時間 文字数:2255字


闇の中でも彼女の姿を見つけるのは実に容易かった。陽が落ちて真っ暗だとは言っても、見通しのいい草原に満月の目映い光のおかけで白衣が目立っている。何より、家からほんの五十メートルぐらいしか離れていなかったので探すというほどの手間もなかった。

僕は踞っているらしい白色を目印にして、若干心配をしつつ、とぼとぼと歩いていく。近付けば彼女はちいさなレジャーシートを敷いてその上に座り、ぼんやりと空を見上げているのだと分かった。


「えっと、あのー」


足を抱えてアルマジロのように丸まっている背中に何と呼びかければいいのかわからなくて、悩んでみても中途半端な言葉しか出てこなかった。そもそも彼女が今名乗っている名前を知らないせいで、家にいる誰かから事前に聞いておいたら良かったと後悔しても遅い。

声をかけられた彼女は気だるそうに首を回して僕を見た。相変わらず目の下にはくっきりと濃い隈があり、どんよりと濁っているような印象を受ける瞳は僕を見ているのかいないのかが不明瞭で、やっぱり苦手だ。

彼女はじっと僕の言葉を待つから、ぐっと唾を飲んで用件を伝える。


「つららさんが、晩ごはんが出来たと言っていたので呼びにきました」


気まずい視線から逃れるように頭をかく。

たったそれだけのこと。仲の良い子たちなら、少し離れた場所からでも名前を呼んで「晩ごはんの時間だよー」と言えば済む。しかし、彼女の場合はそうもいかなかった。

彼女はカラスのように真っ黒な瞳を斜め上にやり、斜め下にやり、それから薄い唇をゆっくりと開く。


「今日は、もう、いらない」


風が吹いたら消えてしまいそうな声だったがきっぱりと拒否されてしまった。彼女は一見すると風前の灯火や風見鶏といった様相だけれど、その実、少々の冷や水では消せそうにもない信念の炎と柳のようなしなやかさと強かさがある。

彼女の返答にやっぱり、と呆れたものの、はいそうですか、とシズクちゃんのようにあっさりとは引き下がれない。彼女を呼びに行く前に、台所で味噌汁の鍋をかき混ぜていたつららさんから頼まれている。


「ダメですよ。今日はまだ一食しか食べてないって、つららさんが言ってました。晩ごはんはちょっとでも食べてください」


彼女は何故かつららさんの言葉には素直に従うけれど、つららさんの名前を出しても大した反応は示さない。言い訳を考えているのか記憶を探っているのか何なのか、またもや瞳を斜め上に、斜め下に動かして、口を開く。


「しし座、流星群」

「え?」


思いもよらない言葉が出てきたのでびっくりしてしまったが、彼女はそれ以上の言葉を発しないで僕を試すかのように見ている。

しし座流星群といったら確か昨日の夕方にニュース番組のお天気コーナーでキャスターが話題にしていたはずだった。昨日は生憎の曇り空だったけれど、今夜は晴れているから絶好の観測日和になるとか。


「確か今夜がピークなんですよね。それを見るためにわざわざ外に?」


こくんと首が縦に振られた。彼女は星が好きなのか、天体観測の趣味があったのかと初めての発見をして再び驚く。みんなと談話室にいても、部屋の隅で本を読んでいたり寝ていたりしているだけで会話には入ってこない。彼女の読書以外の趣味嗜好は知らなかったし、その読書すら、本にはブックカバーをかけているので何を好んで読んでいるのかわからなかった。


「それなら晩ごはんを食べてからでもいいんじゃないですか?」


ふるふると首を横に振るので、彼女の肩口で揃えられた髪もぱさぱさと音を立てて乱れた。そして、彼女は話は終わったとでも言うように首を戻して空を見上げる。僕は参ったなと再び頭をかく。

彼女は元から食欲に乏しく、食べる量も少ないので、放っておくと平気で食事を抜いてしまう。彼女が家に来たばかりの頃はつららさんのように食事の管理をしてくれる人はいなかったし、そもそも人とのコミュニケーションを極力避けているような節があるため、談話室で突然倒れてしまったり部屋で倒れていたりしたことがあったらしい。

普段話をしない相手とは言っても、一つ屋根の下に住んでいる仲間なのだから体調が悪くなるのを見過ごせもしない。

かといって、座っている彼女を無理やり引きずって食堂へ連れていくのも気が引ける。出来なくはないけれど、強制するのは彼女との関係を考えても良くない気がした。


「じゃあ、僕がここまで晩ごはんを持ってきたら、食べてくれますか?」


返事はないかもしれないと駄目元で提案してみたら、彼女は気だるそうに首を向けた。今度は淀んでいる瞳がうろうろしたりせず、僕をまっすぐに捉えたまま、唇が微かに動いた。


「それなら、食べても、いい」

「本当?」


こくんと頷きがひとつ返ってきて、彼女は再び首を戻してしまい関心を空に向けてしまう。


「じゃあ、ちょっと待っていてください。つららさんに相談してきます」


僕は慌てて家へと駆け戻った。つららさんに全く相談していない僕の思い付きが了承されるとは思ってもみなかったし、つららさんにダメだと言われたらそれまでだ。

慌てて食堂へ飛び込んできた僕に他の子たちが「びっくりしたー」「どうしたの?」と声をかけてくれるが、僕はお構いなしに台所で茶碗にご飯をよそっているつららさんを呼んだ。つららさんは僕を見てきょとんとした。


「ジン、くらげちゃんを呼びに行ってくれたんだよね?説得に失敗しちゃったかな?やっぱり私が行ったほうが」


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