安息の地は未だ遠く ※未完
お題:あいつと娼婦 制限時間:1時間 文字数:2085字
「疲れたからちょっと休憩したい」
運転手自ら言い出せば、助手席に座ってぼんやりと車窓を眺めているだけの片割れは頷くしかない。今までにも唐突な休息の申し出を咎められたことはないし、後ろから追っ手が迫っていたり銃弾が飛んできたりしていない限りは彼は断らないつもりだろう。そもそも俺が運転している間も外を眺めているかと思ったら寝ていて、寝ているかと思ったら外を見ている案配だ。最初からどっちも互いに不利益を与えない範囲で自由にするという約束だった。
何だって器用にこなしてみせる彼が免許なんて初歩中の初歩を取れていなかったのか。いつぞやうっかりと尋ねて、しかし口の重い彼からは返事も見込めないと思った俺の予想を裏切り、彼は、単にタイミングの問題だったと答えた。
そういえば、最後のほうは指導者も設備も足りなくて法外な授業料になっていたと嘆いていたメンバーがいたかと思い出す。そいつは人と足並みを揃えるのが一等苦手で、ちょくちょく出遅れてはみんなに仕方ねえやつだなと苦笑されて、頭を小突かれて、すみませんと照れ笑いを浮かべて、みんなが笑って。
頭の中にふつふつと沸いてくるあたたかな記憶を消すために頭を左右に振った。感傷的な気持ちになる前に頭からみんなの姿を追い払った俺を、隣に座る彼はさして興味もないらしく何のリアクションも起こさずやはり窓外を見ている。彼が俺に関心がないのは平常運転だ。
車が走っていたのはかつてそこそこに人が住んでいただろう住宅街だ。やはりこの辺りでも他の街と同様に人の姿なんて一人も拝めないし、車なんて他に走っているはずもなく、立派なゴーストタウンとしての寂れ具合なので何かしらの期待をするだけ損だろう。
ちょうど見つけたバス停の標識前に走らせていたジープを止めれば、しんと静かになる。
どうせ最後なんだからと手土産代わりに盗んだこの車は、特に何の問題もなく走行を続けていて、燃料はまだ半分ぐらい残っている。これから先の補給が見込めない分、もうちょっと燃費のいい車にしておくべきだったとは後の祭だが、一キロでも長く走ってくれることを願うばかりだ。
カーナビ機能はとっくの前に壊れているし、カーラジオなんてラジオ局が直接ふっ飛ばされたらしいのでどのチャンネルに合わせてもノイズしか吐かない。車なんて結局は走ればそれでいいのだが、同乗者が無口な分、もっとお喋りしてくれれば良かったのにと思う。
「んじゃ、十分ぐらい休憩ってことで」
言い置いてシートベルトを外し、車を降り、ぐっと大きく伸びをする。胸に吸い込んだ空気はやや埃っぽいが、どうせどこでもこれぐらい淀んでいる。
「うひー、疲れたー」
二時間ほどしか走らせていなくとも運転手が俺一人きりなので、こまめに休みを入れるにこしたことはない。自販機や金が生きていた時代ならこんな路肩に止めたとしても暖と涼、喉の潤いぐらいは得られたらしい。今じゃ持っている水を飲むか、外に出て辺りをうろつくか、シートを倒して仮眠をとる程度のリラックス方法しかない。
助手席に座っていた彼もまた車を降りたが、何も喋らず周囲をぐるりと見渡している。そんなに面白い風景でもないし俺にとってはもはや見慣れた光景なのだが、彼は飽きもせずに辺りを伺っている。何が彼の興味を引くのかわからないし、用心深い彼の性格ならば単なる職業病みたいなものかもしれない。それに、この手の話題は問いかけても返事はないんだろうという想像ぐらいはつく。
二人してぼんやりと突っ立っていたら、バス停から民家を数軒挟んだ横道から女がふらりと現れた。ぎょっとした俺が「おい」と小さく片割れに声をかければ、彼もまた女の姿を目に捉えていた。
廃墟を背景にしている女の姿はあまりにも儚く思えた。肩の下まで伸びた髪はぼさぼさで、猫背らしく背中が丸まっていた。元は白だったらしい長袖のワンピースはところどころ灰色に汚れ、そこから伸びている手足は細い。女の服装でもっとも目についたのはややどぎつい赤色のスニーカー。
正直、スニーカーさえなければ幽霊だとでも言われたほうがすんなり頷けるほど女は今にも消えてしまいそうな雰囲気をまとっていた。
横道から現れた女がこちらを見て、顔がはっきりと見える。目も薄い、唇も薄い、眉も薄い。どうにも平面的な顔だ。
女は俺たちの姿を見ると驚きで目を大きく見開いた。そして、こちらにゆったりとした足取りで近付いてくる。あの様相では危ないものなど何一つとして懐に忍ばせたり隠し持つことはできないし、身のこなしも完全に一般人のそれだけれど、警戒はする。しなければならない。
「ねえ、あなたたち」
二、三メートルほど離れた場所で立ち止まった女は声をかけてきた。発された音の響きは、およそ吹けば飛んでしまいそうな姿から想像できなかったほど凛としている。
「どこに行くの?」
「この先をまっすぐ」
「目的地はどこ?」
「見ず知らずの相手には教えられない」
俺の答えに女は「そう」とさして残念そうな素振りもせずに淡々と頷いた。




