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チョコレートを食べながら  作者: 藍沢凪
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皐月と葉月

お題:振り向けばそこに百合 制限時間:1時間 文字数:1583字


防波堤に座って、僕はスニーカーを履いた足をぷらぷらと揺らした。スニーカーの白い靴紐がぱたぱたと揺れる下にはテトラポットがいくつも積み重なっており、ほんの数メートル先では白波がちゃぷちゃぷと打ち付けられていた。

今日は天気がよく、風もほとんど無い。日本海と言ったら波しぶきの激しい荒れ狂うイメージが強かったけれど、今日の波は穏やかだった。


「皐月」


横から名前を呼ばれて振り向くと、そこにはいつの間にかきょとんとした顔の葉月が座っていた。僕はほんの少し息が詰まった。

葉月はボーダーのシャツに薄いカーディガンを羽織り、膝丈のズボンとビーチサンダルを履いていて、頭にはトレードマークとも言える野球帽を被っていた。まだ七月にもなっていないけれど日中の気温は30℃を越えているし、早くも夏のような服装をしているのは、暑がりな葉月らしかった。


「葉月、どうしたの」

「コンビニの帰り。アイスが食べたくなってさー」


葉月がガサリと音を立てて太ももに置いたのは、小さなビニール袋で、彼女は中からオレンジの描かれたアイスキャンデーの袋を取り出した。バリッと封を開けて、彼女はオレンジ色の棒状アイスキャンデーにかぶりつく。


「皐月こそ何してんの、こんなとこで。誰かと待ち合わせ?」

「んー、ぼーっと海を見てた」

「あんた、暑さで頭おかしくなってない?大丈夫?」

「大丈夫だよ。さっき来たばっかりだから」

「なら良いけどさー。最近暑いんだし、気を付けなよ。熱中症で倒れても知らないからね」


葉月はアイスキャンデーを舐めることなく、ぱくぱくと食べていき、あっという間に半分が無くなっていた。

僕は喉の渇きを覚えて、背中に背負っていたメッセンジャーバッグからスポーツドリンクのペットボトルを取り出し、ぐいと一口飲んだ。

僕は視線を足に向け、何となく再び足をぷらぷらと揺らす。スニーカーの靴紐がぱたぱたと揺れ、テトラポットの下では波が白く泡立ち、渦巻き、まるで僕が波を起こしているような錯覚を覚えた。


「皐月は」


葉月は視線をまっすぐ海に向けて、既に半分に減っているアイスキャンデーをかじる。


「今、楽しい?」

「今って、葉月とこうしてること?」

「んー、それもだけどそれ以外も。平たく言うと人生かな。人生楽しい?」


ちょっと考えてみる。

夏を先取りしたような太陽の光を受けてきらきらと輝く海面がまぶしかった。遠くから聞こえる潮騒はいつも喧しく思っていたのに、今日だけはやけに静かなBGMに撤していて、僕と葉月の無言を優しく埋めてくれた。

葉月は僕に答えを催促せず、黙ってアイスキャンデーを食べていた。僕の答えが出たのは、葉月が最後の一口を食べ終えた時だった。


「うん、まあまあ楽しいよ」

「まあまあか。良いね」

「良いの?」

「楽しいことと悲しいことがあって人生だもの」

「相田みつを?」

「違う」


葉月はゴミをコンビニのビニール袋に入れて、立ち上がる。腰に手を当ててぐっと体を伸ばす。


「ちょっと心配してたんだよね。去年あんなことがあってから、凹んでないかなーって。あんた学校では普通にしてたけど、全然ここに来なかったしさ」

「え、学校とここに来てたの」

「さて、どうでしょう。私は神出鬼没だからね」


葉月は僕を見下ろしてにっこり笑った。


「今日はいい天気だから海を見に来ただけだよ」


僕は再び海へと視線を向けた。日本海にしては珍しく穏やかな海。僕は海なんて日常の光景で見飽きていたけれど、葉月は何でもない海が大好きで、学校帰りには毎日防波堤に座って眺めていた。こうして今みたいに二人でたくさん話をした。楽しかった。


「葉月」と名前を呼んで、振り向けばそこには既に葉月の姿はなく、代わりに真っ白な百合の花束があった。葉月のために僕が買ってきた花束だった。


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