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チョコレートを食べながら  作者: 藍沢凪
190/250

裁断 ※未完

お題:穢された小説家たち 制限時間:30分 文字数:976字


人間一人が生きるのに最低限必要なことと言ったら三大欲求に従って、食べる、排泄する、寝るの三つだろう。

しかし、食べる排泄する寝るだけの日々には飽きがくるし、今の世の中では食べ物を得るにもトイレをするにも布団を得るにも、何よりも金が要る。

大抵の人間はまず金を持たないと生きていけないから、何らかの方法で働いて金を稼ぐ。

そして、効率よく楽しく稼ぐために勉強する。


「小説を書くのは人間一人が生きる上では本来必要のないことなんだよね。意味わかる?」

「わかり、ますけど」


一息にまくし立てた彼がようやく投げかけた質問に、窒息しそうになりながら答えると、彼は満足気に笑う。

唇の隙間から黄色っぽい歯がぎろりと覗いた。


「なら、良かった。君はそこまでバカじゃないらしいね」

「え」


彼は持っていたコピー用紙の束をばさりと乱暴に机へ投げ捨てた。

束の表紙が目に入る。

鉛筆で書かれたタイトルは彼の指で擦れたのだろう、文字が滲んでいた。


「才能ないよ、君。小説で稼ごうなんて無理無理。さっさと諦めて就職活動しなさい。まだ若いんだからすぐに就職先なんて見つかるよ。話はこれで終わり」


彼は椅子から立ち上がって、中のコーヒーを飲み終えて空になった紙コップをくしゃりと片手で握りつぶした。


「ご苦労様でした」


彼が目の前からいなくなって、僕は苦手なブラックコーヒーを一気飲みし、クリップで留められたコピー用紙の束と空の紙コップを持って部屋を出た。

コピー用紙の束をトートバッグに入れながら廊下を歩き、途中のゴミ箱に紙コップを捨て、エレベーターに乗り、降り、床がやけにつるつるしていて滑りそうなそのビルの玄関を出るまで誰とも目を合わせなかった。

意を決した10回目の持ち込みもまた箸にも棒にめ引っ掛からない無惨な形で終わってしまった事実に、しかし、僕はそれほどショックを受けなかった。

スーパーに寄って、値引きされたからあげ弁当と発泡酒を買い、アパートまでの道を歩く。

もう10回目の光景。


風呂に入り、弁当を食べ、発泡酒も半分空いたころ。

僕はトートバッグから持ち帰ったコピー用紙の束を取り出して、クリップを外し、一枚ずつ丁寧にシュレッダーにかけた。

みるみる裁断されていく鉛筆の文字を、僕はぼんやりと見つめながら、事務的な機械的に手を動かした。


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