好きだ嫌いだと嘆いても
お題:春のクレジットカード 制限時間:30分 文字数:1012字
あたたかい風が肌をぬるりと撫でて去っていったとき、俺は人気のない公園のベンチに座っていた。
見上げた青空には雲一つなく、午後の陽射しはまどろみを覚えるほどに優しくて体を包み込む。
再び風が吹くと周囲の木々の枝葉が揺れてはざわざわと騒ぎ、やがて風がいなくなると静けさを取り戻す。
すばらしいシチュエーションだと思う、これが平日の午後でなければ。
手の中にあるミルクティーの小さなペットボトルを弄びながら、ベンチにぐったりと背中をもたれさせた。
気だるい瞼を持ち上げて見えるものは、赤色の滑り台とブランコと、13時を指している時計ぐらいのものだ。
子連れの親が昼ごはんを終えて訪れるよりはほんの少し早いこの時間に、公園が無人になると知ったのはたまたまだった。
人のいない公園ではもちろん人目を気にする必要もないし、俺みたいなのがぼけーっとしているには丁度いい。
世の中に取り残されてしまったような非日常的感覚もまた、居心地の良さに拍車をかけているかもしれない。
ゆっくりと目を閉じる。
ペットボトルを傾ければ、中で飲みかけのミルクティーがちゃぽちゃぽと音が鳴る。
やがて、駆け寄ってくる小さな足音。
「おじさん」
目を開けると、少年が一人立っていた。
長袖のTシャツとチノパンを着ている彼は、珍しく頭に青い野球帽を被っていた。
「おじさんって呼ぶなっつってんだろ」
「寝てるのかと思った」
少年は悪びれもなく言って、俺の左隣に座った。
小学二年生の平均身長よりは小さな彼はベンチに深く座ると両足が浮くので、スニーカーに収まった足をぷらぷらと揺らす癖がある。
並んで座ると、俺の手の丁度いいところに少年の頭が来たので、わしっと頭を掴んだ。
うわっ、と少年が驚く。
「お前、野球好きなの」
「別に、そうでもない。これはお父さんの借りてきただけ」
「ふうん」
「柊さんは野球好きなの」
「うーん、好きでも嫌いでもないな。基本的なルールはわかるからたまにテレビで見るぐらいだ」
ペットボトルを傾けると、ちゃぽりと音が鳴った。
少年は俺の右隣に置かれているノートとペンをちらりと見て、俺の顔を見上げる。
「柊さん、今日は良いネタ浮かんだの」
「ダメだなー。スランプ継続中。お前もここに来てるってことはスランプ中なんだな」
「そうだね」
とある春の優しい午後。
なぜ、俺は小学生の葵と公園でおしゃべりなんかしているのだ。




