キリンの睫毛 ※未完
お題:未熟な芸術 必須要素:入れ歯 制限時間:60分 文字数:1458字
頭を空っぽにし、がむしゃらに手を動かした作品は当初思い描いていたよりもシンプルに出来上がった。
平凡な絵だ。
特別な技法も道具も使わず、ありきたりな構図を見知った色合いで塗っただけでしかない。
それでも普通の人よりはうまいだろう。
全体のバランスも、細部の書きこみも、資料として見ていた写真によく似せられたとは思う。
でも、それだけの絵だ。
完成だと思った直後に黒い絵の具で塗りつぶしたくなった。
キャンバスを前にして椅子に座っていたままボーッとしていると、遠くから吹奏楽部の音楽と運動部の掛け声が聞こえてきた。
美術室内には私だけしかいないから、私が動かなければ外の音がよく響く。
作品を書き上げた後のこの時間は決して嫌いじゃない。
汚れたパレットと筆を窓際の水道で洗っていると、ドアの開く音がした。
振り返ると室内に入ってきた山口さんが片手をあげて笑った。
彼女からは今日の放課後は数学の補習に出るから休むと聞いていたし、他の部員からも欠席連絡が来ていたので今日の部活は最後まで私一人だと思っていた。
なので、山口さんが現れたことに驚いた。
「やっほー、加瀬さん」
「こんにちは。どうしたんですか、こんな時間に」
時刻はもうすぐ5時半を迎える。
どこの部活もこれぐらいの時間になったら片付けの準備をはじめるもので、それはこの美術部も例外ではない。
あと30分で校門を出なければならないような時間にわざわざ部室へやって来るほど、うちのたった五人の部員はマジメではないし、山口さんもそうだ。
「描いてる途中のイラストを取りに来たんだよ。家で続きをやろうかなって思ってさ」
スクールバッグを近くの机に置いた彼女は、水道の隣、作品を乾燥させている金網の棚に近づいて一枚の紙を抜き取った。
横目で紙には左半分にカラーペンで描き込まれただろう緻密な幾何学模様が見えた。
私かパレットと筆の水をきって雑巾で水気を拭き取っていると、山口さんは室内をぐるりと見回した。
「あれ、今日は加瀬さんだけ?」
「はい。江藤さんは風邪で、来島さんは塾、間宮さんは家の都合だとかでみんな休みです」
「あー、タイミング悪かったねー。っていうか、間宮のはサボりでしょ」
「あはは、そうなんですけど」
山口さんは部長らしく、今度会ったら間宮は説教だなと険しい顔で呟いた。
美術部は1年生の江藤さん、2年生の私と間宮さん、3年生で部長の山口さんと副部長の来島さんで全員だ。
先輩や部長と呼ばれるのが嫌だ!と言う山口さんのせいで、うちの部は部員を互いにさん付けで呼ぶ。
端から見たら上下関係が分からないらしい。
確かに山口さんと間宮さんは学年が違うのに、同級生のように仲がいい。
私が道具を片付けている間、イラストを鞄にしまった山口さんは窓の鍵を確認してまわった。
「片付け終わりました」
「じゃあ、出よう」
いつの間にか美術室の鍵を持っていた山口さんに続き、電気を消して教室の施錠を終える。
二人で職員室へ鍵を返しに行き、下足室で靴を履き替え、校門を出る。
夕焼けでオレンジ色に染まっている空を描きたいななんて思いながら歩く。
あと数分もすれば、下校時刻に焦った運動部の人たちがばたばたと走ってくるはずだ。
6時までに校門を出ないと部活停止の処分が下されるかもしれないのでギリギリまで練習をしている部活はシビアなのだ。
私と山口さんは並んで家までの道を歩く。
美術部に入ってから、部活帰りは部員の誰かと帰るようになった。




