第2節 スタートライン
――「篠原君、未優からの伝言」
インターハイ埼玉予選大会3日目のことであった。
男女ともに4継は順調に予選、準決勝、決勝と上り詰めた。
篠原颯馬は市営陸上競技スタジアムで同じ河東の陸上部の女子部員である2年の茶髪ポニーテールの杉村に観客席に移動をさせらて、あまり人目に付かない場所へと誘われた。
「ちょ、なんで佐々宮?」
佐々宮とは杉村同様同じ河東の陸上部の女子部員で颯馬と同じ4継の第2走を任せられている。
陸上部内では理想の彼女候補の佐々宮と杉村だが、颯馬の恋愛経験上『好き』という感情がないせいか佐々宮は気になる程度と自分で勝手に意識をしているのだ。
そのため今の状況下におかれると自然と動揺が入り、あたかも『好きだから変に意識してる』と思われるが。本人は気付かないだけでまったくその通りでもある。
きめ細かく女性らしさが滲み出る艶やかな黒髪で幼さを残す杉村とは違い、ボーイッシュのように見えて、乙女らしさを醸し出す子猫の髪留めが決まっている。
そんな彼女を見入る者が居ればあたかも当たり前のように感じさせる魅力を持ち、可愛いとは遠くも近くも無いカッコ可愛いという分類に含まれるタイプのようにも感じさせられてしまう。
杉村はからかうように不吉な笑みで、
「あはは~篠原君バレバレだよ全く」
と、颯馬にとっては有り難迷惑な勘違いをされ、やや困惑した表情を作る。
ごほん、と間髪をいれてそういえばね、と前置きを入れて話し出す杉村。
「未優は篠原君に期待をしている、らしいよ。意味わかる?」
まるで小学生に接するかのように優しい杉村の声。特に最後の意味わかる? は明らかに挑発のようにも聞こえた。素直に受け止めた颯馬は悪意を感じず、「任せろよ」と口にしたのだ。
「オレは4継で故障している吾妻先輩の代わりに、と言っても仲間の代表だから絶対負けられないし、オレ達と違って先輩はこの大会で関東に駒を進められないと負けになる。今日で先輩達とお別れなんて嫌じゃないか――」
「――お別れなんて嫌じゃないか、だってさ」
女子4継決勝間際、杉村は颯馬と話した内容をそのまま佐々宮に語り、佐々宮は思わず、スパイクの紐を片足で踏んでしまい、動揺のあまりほどけてしまった。
それをみた杉村は再びからかうような不吉な笑みで、「お互い様だねぇ」と微笑んで口にする。
「ちょっと柚羽! 気が反れるわよ!」
大会終わって告白しちゃいなよ~、と軽いノリで小馬鹿にしながら佐々宮に妙なプレッシャーを与えているのはきっと杉村の地味な気遣いなのではないだろうか。
「ところで」
と、佐々宮。
「なに?」
「あんたはシノのことどうなのよ」
「……」
妙な沈黙がしばし、2人の距離を置いて行く。
「……まぁ」
先に切りだしたのはまさかの佐々宮。
「あたしはシノが好き。シノとなら無駄な虚勢も張らずに素の自分で居られる」
「そもそも話したことあるの? 私が見る限り数える程度だけど」
思わぬ問題点に気付き赤面をする佐々宮に対して、ないのかよ! と杉村は一言。
「あ、あるけどメールとかで電話で励ましてもらってるもん」
「……私にはしないくせに未優だけかよあの馬鹿」
佐々宮はぶつぶつ言う杉村に耳を傾けるも、聞こえなかったのか首をかしげる。
そして、観客席から僅かなどよめきがスタジアムを包み、
『女子4×100Mリレー決勝 1レーン川西高等学校 2レーン宮上高等学校』
次々と各レーンごとに発表される決勝に駒を進めてきた高校名。
各高校呼ばれるごとに拍手、声援が飛び散り、『6レーン河越東高等学校』と呼ばれて、第2走である佐々宮はスタジアムの観客席へと振り向くと『河越東必勝』と書かれた横断幕を見つけ、そこには全力で手を振る颯馬と部員たちの姿があった。
「『お別れなんて嫌じゃないか』って当たり前だよね。あたしももっと先輩達と陸上やりたい」
「敢えて言うとね未優」
「何?」
「負けちゃえ」
「本気?」
「本気ならこんな笑顔で言わないでしょ?」
「じゃあ2年の代表としてあたしはあたしなりに頑張るから、柚羽」
「どうしたの?」
「インターハイ優勝したら、打ち上げでシノに告白します」
「そっかぁ。良いと思うよ! 未優頑張れ!」
「じゃあ頑張ってくる!」
――決勝来たには優勝をするしかない。
全国制覇するにはここからが私達のスタートラインなのだから――
『位置について』
スタジアムは先ほどと打って変わり、沈黙に変わった。
『用意』
スターターの職員は片耳を聞き手の反対の肩で耳を塞ぎ、空に目掛けて引き金を引いたのであった。