第1節 河越東陸上部
――今年は天気に恵まれてか稲穂の収穫は良いが、一方放射能汚染による汚染米の流通が問題となっており、東北地方の米は悲惨な状況下にある。万が一、国会議員が家族で海外旅行に行く際は気を付けるべきである。それは日本が全て放射能でまともに食事を取ることのできない環境であることを。
朝の日常の出来事であった。
篠原家の大黒柱である父・啓次は息子である颯馬には馬の耳に念仏の情報を眉間に皺を寄せ、小難しく熱弁。当の息子はあっけらかんな顔で食卓に並ぶサラダをパンで挟み頬張っている。横から高校2年生の颯には暗い話題話しても喜ばないわよお父さん、と篠原家の全財産を牛耳る母・琴は一言を添える。
啓次は舌打ちをして、琴があらかじめ用意をしておいた朝刊を居間のガラステーブルまで足を運び、戻ってくる。
「能書きなんて今のオレには必要ないんだよ。オレはいつでも陸上一筋だし」
余計の一言を極めさせた覚えは無い、と啓次は新聞を即座にゴシャゴシャと効果音を立てて丸くまとめて颯馬の頭へと1発。反応虚しく、既に叩き終わった自分の頭へと手を当てて唸る颯馬。
「そもそもだな」
「ま~た始まったよ。父さんの能書きって痛っ! これ以上頭おかしくなったらどうするんだよ!」
分かってるじゃねぇーか、と啓次は新聞を広げ一言。
颯馬は残り一口のパンを牛乳と一緒に喉を通し、「インターハイ出たらオレはオレの夢を叶えるために頑張るが、出れなかったらオレは父さんが言ったように警察官になってやるよ」と口の中でモグモグしながら言う息子に対して啓次は高らかに笑い、まぁ、頑張れよと見下すように突き離し、颯馬は無邪気な子供のように笑顔
で部屋に戻って行った。
「父さん」
と、困惑をしている琴は言葉を紡いだ。
「そろそろ本当のことを言って良いんじゃないの?」
「なんのことやら」
朝刊で顔を隠し、白を切る啓次に対して母はただ、朝刊越しの啓次を見つめるだけであった。
――「おはよう篠原君」
県立河越東高等学校へ自転車登校である颯馬は、心臓破りの坂miniと呼ばれる坂の途中、全身黒ジャージで胸に『河東』と白で刺繍された女子生徒が颯馬の目の前を歩いていたが振り向いた。そして颯馬へと恥じらいからか小さく手を振る。
「あぁ、杉村。さて問題だ」
杉村まで息を切らさず来れたオレは素晴らしい肺活量だ、と前置きをして自転車から降りた。
腕を組みながら仁王立ちする颯馬に対して、茶色の髪の毛をゴム一式で後ろでまとめる髪型ポニーテールの幼い顔だちの杉村は冷静に、
「人に問題だと言っといて君は何も考えていなかったという結論かしら?」
と、差し支えのない物良いをし、しかめっ面で颯馬を黙らす。
腕組みを辞めて右手で頭を掻きながら、「あ、バレた?」と開き直り形勢を元に戻す作戦にでる。
「明日インターハイを掛けて県の予選に臨むのに悠長ね。なんか嫌いだわ君のこと」
どうやって形勢戻すんだ、というよりかは仲悪くなってるよねコレと慌てて思考回路を巡らせる颯馬。
だが解決方法を見つけようと時すでに遅し。
「私を侮辱した罪は重いから君とは付き合えません」
「重いよ、話が重いよ! いつオレが杉村に告白したんだよ!」
必死すぎて虚しいわよ篠原君、とやや冷めた口調で杉村は作り笑いで口にした。
「とりあえず私を後ろに乗せて青春してみない?」
思わぬ発言に「なっ!?」と素っ頓狂な声を出して赤面する颯馬。
「冗談だよ篠原君。篠原君すぐ本気にするから楽しいね」
そりゃどうも、と明後日の方向を向き生返事。
「私のエナメルとはイチャついて良いわよ? エナメルとして」
「オレは人間としてエナメルとイチャつけないのか! 人権侵害だ! 訴えてやる!」
異議あり、と杉村は凛々しい顔でただならぬ雰囲気で一言。
「じゃなくてだ。話が脱線しすぎだ。収拾つかなくて怒られるぞ」
「それもそうとして、『今日はインターハイ予選の前日で前日休暇を貰えてる筈なのに
なんで河越駅から歩いて15分の学校に来るんだ?』とかの質問?」
杉村は人として何か悟りを開いたのか? と、颯馬が口にすると、
「阿呆。ボケなすび」
と、異論の声。
「とりあえずそんな内容だ。オレは自主練だ」
「私も自主練だよ。それ以外ないでしょ?」
言われてみれば、とハッとする颯馬は苦笑いで杉村は呆れた表情で溜息。
「異論ございません」
と最後に颯馬と杉村は無言のまま部室へと移動するのであった。