リカにあげる花
帰宅を目指す通勤客でごった返す新宿で乗り換え、荻窪に向かうところだった。渋谷駅で、人身事故発生のアナウンス。苛立つ顔や、ほろ酔い気分の人の流れを避けながら、階段を上った。
ホームで電車を待っていると、携帯電話が鳴る。帰りを待つヨシエからだった。
「リカが死んだ」。ヨシエが言った。
保健所の三階にある、精神障害者同士が集うスペースで、毎日彼女は僕の帰りを待っている。この日、以前通っていた作業所の知り合いと再会し、リカの訃報を聞いた。一ヶ月前の話らしい。
荻窪でヨシエと合流し、ファミレスに入って話をした。
「職員からは、薬の飲み過ぎによる中毒死だって発表があったらしいけど、自殺かもしれないって。統合失調の子は、一割くらい自殺するって聞いたことあるし」
死後、三日経ってから発見されたという。
「でもあの子は、グループホームに入所してたよね」
「グループホームって言っても、リカが入ってたのは普通のアパートみたいな所だよ。泊まりがけの職員はいるけど」
なのに、三日経たなければ発見されなかったリカ。
「職員も、一応面倒見てたらしいよ。薬飲んだかとか、作業所出てきなさいとか。リカは嫌がってたけど」
「他の人とも距離あったんでしょ」
「人気はあったけど、友達として付き合うのは大変だから。でも、あたしが見た頃は元気だったし、死ぬなんて思わなかったよ」
元気というより、周りが引いてしまうくらいハイテンション。僕も、そんなリカを面白い子とは思ったが、いい印象は持てなかった。
伝え聞く話も、悪い話が多い。些細な額だが、おごらせたり盗んだりする。悪口を言って喧嘩になり、自殺すると叫んで、ほんとに窓から飛び下りて怪我をした。夜中に大音量で音楽をかけ、怒られた。生活保護で支給されたお金は、ゴスロリやキューティーふうの派手な服やCDに使い、ろくな食事をしていなかった。
「カップ麺とジュースばかりだったよ」
「そんな食事で、強い薬使ってたら確かに死ぬよ。自殺じゃなくても、自暴自棄で、自殺みたいなもんだ」
「17種類、薬飲んでたって。ベゲタミンAとか」
「お前も気をつけろよ」。僕は言った。
ヨシエも以前、症状が重かったときは薬をバカ飲みしていたし、食事も、僕と付き合い始めの頃は、コンビニで買う麺類とコーラが主だったから改めさせた。
「病気だから、生活管理できないんだよ」
グループホームに入所する以前のリカは、母親と祖父の三人で暮らしていたという。
リカにはお母さんが必要。一時期、彼女と付き合っていた男が言ったらしい。
「あたしも、リカには母親の世話が必要だったと思う。障害者も自立とか言うけど、簡単じゃない」
「でも、お母さんも疲れちゃったのかもしれないね」
「だけどお母さんの言うことは聞くし、仲良しだったみたいだよ」。ヨシエは言った。
以前、このファミレスにも、親子で食事に来ている姿を見たという。
「でも、お母さんにも障害あるから、中学まで施設で暮らしてたって」
「一緒に暮らせればよかったのにな」
僕はそれから、彼女の部屋に残った、大量の服やCDを想った。
「偏見かもしれないけど、あんなふうに服を買い集める子って、幸せじゃない気がする」
「寂しいんだよ」
自分たちに余裕があれば、もう少しリカと遊んであげてもよかった。ワガママ言ったら、辛抱強く、「そういうことしてたら嫌われちゃうよ」と言ってあげればよかった。
ファミレスを出ると、湿気を含んだ生温い風がふいていた。こんな夜、ヨシエと二人で、西友の横を歩いていたら、ピンクのシャツを着たリカにばったり会ったことがある。満面の笑顔とハイテンションで喋りかけられたが、長引かせたくなくて、挨拶を適当にして別れた。
またどこかで、ばったり会いそうな気がする。
「今頃、天国で、誰かの悪口でも言ってるのかな」
「天国かは微妙ね」。寂しそうにヨシエは笑った。
「あたしはリカを忘れてたのに、あの子はあたしのこと、親友だって言ってたらしい」
「そうなんだ」
「だからあたし、墓参りに行くよ」
「そうだね」
派手で、寂しかった女の子のために、綺麗な花を持っていこう。
さようなら。リカ