誤解
あの後、橘さんの誤解を解く事は出来なかった。何度か話かけようとは試みたが、俺の顔を見るなり、そそくさと走っていってしまう。そりゃ、ロリ好きの変態とは関わりたくないよな……。でも俺は諦めないぞ‼ ここで諦めたら、高校生活が終わったのと同じだからな。明日、絶対に誤解を解いてやる‼
っとまぁ、勝手に頭の中で宣言している間に、特売の行われるスーパーについた。そこには、目をギラギラと輝かせ、戦闘態勢に入っているオバサン達が居た。これは、ただの特売じゃない。特売と言う名の戦争だ。
そこに居るだけでも、威圧感で押しつぶされてしまいそうだ。
っ⁉ なっ、なんだ、この威圧感は⁉
そこに居るどのオバサンよりも、圧倒的な威圧感を放つ人がいる。オバサン達もそれに気付いたのか、その人を見るなり口々にこう言う。特売の鬼と。
そして、その特売の鬼は徐々に俺へと近づいて来る。
特売の鬼。一体どんな奴なんだ⁉
そして、とうとう姿が見える距離までやって来た。
身長は俺と同じくらいか少し低いくらいで、歳はあまりとっていない。っというか、俺と同い年ぐらいだ。しかも、俺と同じ高校のセーラー服を着ている。同じ学校に特売の鬼が居たなんて。そう思い顔を確認すると、それはまさかの橘詩音だった。
「あっ、谷本君‼」
こんなか弱くてお嬢様みたいな子が特売の鬼だなんて……。
「谷本君は、どうしてここに居るの?」
「いっ、いや、今日特売だって聞いたから……」
学校と通学路以外で橘さんと会うなんて初めてだ。なんだか新鮮で恥ずかしい。
「だったら、気を付けた方が良いよ。ここの特売、他と違って激しいから」
「えっ……?」
その時、スーパー内に大きな音で放送がかかる。
『只今より、牛挽肉100% 200g 30円 50パックの販売を開始します』
その放送と共に、オバサン達が挽肉目指して走り出す。突き飛ばしたり、後ろから引っ張られたりと、まともに真っ直ぐ走れない。
橘さんは⁉
さすがの特売の鬼も、この状況は厳しいのでは……。
なんて考えは甘かった。
「そらそら、どいて下さーい。危ないですよー」
たっ、楽しんでる⁉ この状況下を楽しんでる⁉ さすが、特売の鬼。次々とオバサンを掻き分けて行き、いつの間にか先頭に立っていた。
あの後も、結局まともに動く事が、出来ずに結局獲得出来たのが、シラス。玉子1パック12個入り1個。長ネギ。白菜の4つだけ。やっぱり、素人が戦場に行くのは無理があったか……。
「谷本君。どうだった?」
戦い終わりの橘さんが、額の汗を拭いながら話かけてくる。
「見ての通りサッパリですよ……。まだ、玉子が取れただけましかな。橘さんは?」
橘さんのかごを見てみると、今日行われた特売品が全て入っていた。さすがだ……。
「はい、これ」
そう言って橘さんが渡してくれたのは、今日行われた特売品だった。
「これって……」
「谷本君、今日特売初めてみたいだったから、私が代わりに取っておいたの」
なんて優しい人なんだ……。俺の家族にも、こんな優しさが欲しい……。
俺は、橘さんの行為に甘え、商品を受け取る。
「あっ……、あのさ、橘さん。実は学校での事なんだけど……」
今だ。今しか誤解を解くチャンスはない。勇気を出せ、谷本圭一‼
「ごめんなさい‼」
「……えっ⁉」
なんで俺、橘さんに謝られてるんだ?
「学校での事って、谷本君の事だよね……?」
「えっ……、あっ……、うん」
「私、驚いちゃって教室出て行っちゃったんだけど、よくよく考えてみたら、谷本君はそんな人じゃないって分かって……。だから、謝りたくて……」
「謝るだなんて……。でも、誤解が解けて良かったよ」
良かった。本当に良かった。高校生活をまだまだ楽しめられそうだよ。
「谷本君、来週もまた来るの?」
「来週?」
「うん。ここって、毎週木曜日に特売してるんだよ」
「そうだったんだ……」
来週かぁ……。これからは、食費を少しでも抑えたいしな。それに、橘さんと会えるんなら。
「じ、じゃあ、また来週も来よっかな」
「それじゃあ、来週は一緒に特売品沢山取れるように頑張ろうね」
「おう。橘さんに負けないように頑張るよ」
こうして、橘さんの誤解が解けたと共に、学校外で橘さんと会う約束までしてしまった。
久しぶりの幸せのような気がする。この幸せがいつまでも続けば良いな。