平凡な日常
「はぁ~……」
眩しい日差しの中、いつもの通学路を荷が重い思いで歩いて行く。
オヤジ達が旅に出て行った後、思った程家事は大変ではなかった。っというか、いつもと何ら変わらなかった。お袋がどれだけ家事をサボっていたか、改めて分かった。
っとは言ったものの、これからは節約はしないといけないな。貯蓄があると言っても、限度がある。それに、オヤジが仕事で貯めたお金だ。そんなに貯蓄されているとも思えない。高校生で家の家計を気にしているなんて……。
「谷本君。おはよ」
女性の声で名前を呼ばれ、振り返ってみると、そこには我が心の癒し、橘詩音が立っていた。
「たっ、橘さん。おはよう」
いつ見ても可愛い。こうして、橘さんと話出来る事が、俺の幸せの時だ。
「ねぇ、ねぇ。谷本君のご両親、ハワイに行くんでしょ?」
「……はっ?」
「昨日、私のお父さんが出張から帰ってきたんだけど、空港でアロハシャツを着た谷本君のご両親を見たって……」
あのバカ夫婦がっ……‼‼ 自分探しの旅とか言って、行きたいとこ行ってるだけじゃねぇか‼‼
「……谷本…君? どうかしたの?」
「ううん。なんでもないよ。ウチの両親、確か結婚30周年記念のお祝いに旅行に行くとか言ってたよ」
よし、割れながらナイスな作り話。これなら疑われる事はないだろ。
「そうなんだ。仲良いんだね、谷本君のご両親は」
「そうかな?」
仲良過ぎるのもどうかと思うが。
「凄いよ。仲良いだけじゃなくて、これからの自分を見直す為の旅行なんでしょ? 私のお父さん達も、谷本君のご両親を見習わなきゃって言ってたよ」
「えっ……⁉ どうしてそれを……⁉」
「お父さんが空港で話したんだって。そしたら、『これから、新たな一歩の為に自分探しの旅に出るんですよ』って言ってたんだって」
「へっ、へぇ~。そうなんだ……」
あのバカ夫婦には一度、世間への恥じらいという事について説教してやんないと。
「そっ、そうなんだよ。全く、困った親だよ。ははは……」
「そんな事ないよ。良いご両親じゃない」
橘さんの言う通り、精神年齢13歳同士の親なら、仲が良いのも当然だな。
「あっ‼ 美希ー‼」
橘さんが俺達と同じクラスの高木美希を見つけ、元気良く手を振る。
「それじゃあ谷本君。また教室でね」
そう言って、橘さんは高木の方へと駆け寄って行く。
久し振りに橘さんと、たくさん喋ったなぁ……。
自然と顔がニヤケてしまう。
え~、何あの人? 気持ち悪い……。
おっと、いかんいかん。俺とした事が。ニヤケ顔を戻し、再び学校に向かって歩き出す。
にしても、これからは色々と気を付けないといけないな。節約もそうだが、家族内事情を他人に知られないようにしないと。
今日はスーパーの特売日だったよな。学校の帰りに買いに行くか。
「谷本君。あなた、何か忘れてるんじゃないの?」
学校に着くやいなや、怒った顔で俺の前に立つ浅倉涼。浅倉は、俺のクラスの委員長だ。
「えっ? 何かあったっけ?」
「『何かあった?』じゃないわよ‼ 今日アナタ日直でしょ‼」
しまった‼ 昨日のバカ夫婦事件ですっかり忘れてた。今日の日直、俺の番だった……。
「わっ、悪い、浅倉。すぐに仕事やるから」
「もう代わりに私がやっといたわよ。全く、アナタっていう人は……」
始まった……。浅倉のガミガミ説教。こうなると、30分は解放されないんだよな……。
「ちょっと谷本君‼ ちゃんと話聞いてるの⁉」
「はっ、ハイ‼ 聞いてますです」
「人の話を聞く時は、きちんと人の目を見て……」
「ハァ~……。やっと解放された……」
俺が浅倉の説教から解放されたのは、あれから40分後だった。言い足りなさそうな浅倉だったが、朝のHRに助けられた。
「よぉ、圭。朝から大変だったなぁ」
こいつは高松明。俺の小学生からの古い友達だ。ちなみに、圭というのは俺のあだ名だ。
「全く……。朝からクタクタだよ。昨日ていい、今日といい……」
「昨日⁉ 何かあったのか?」
しまった‼ こいつにだけは知られちゃマズい。明は、学年一のお喋り男。そんな奴に昨日の事知られちゃ、今日中にでも全校生徒に知られちまう可能性せいが……。
「え~っと……。昨日……、昨日な、夜中ほのかにアイス買ってこいってパシられちまってな」
「あのほのかちゃんが⁉ 圭、嘘つくならもっとまともな嘘つけよ」
まぁ、こういう反応されるって予想はしてたけど。
ほのかは家族の前ではあんな性格だが、学校や友達の前だとまるで別人かのように性格が一変する。人前では成績優秀、スポーツ万能、その上委員長を任せられる程の責任感と信頼感もあるときたら、誰も家でのほのかをほのかだと思わないだろう。いわゆる、猫被り女だ。
「そういえばさ、コンビニの近くに捨て子がいたって噂知ってるか?」
捨て子? あぁ、瑞希の事か。
「俺、学校に来るついでに見に行ったんだけど、居なくってさ。何でも、めちゃくちゃ可愛いみたいだぞ。俺も見てみたかったなぁ」
「その子なら俺の家に居るぞ」
「はぁ⁉ なんでなんで⁉」
「俺の親が、その子の面倒みるって言って引き取ったんだ」
「お前……、ほのかちゃんという可愛い妹がいるにも関わらず、謎の美少女とも一緒に暮らしてるなんて……。お前はロリ好きか⁉」
「ちょっと待て‼ 何をどう解釈すれば……」
「えっ……⁉ 谷本君ってロリ好きだったの……?」
げっ、この声は、まさか……。
「たっ、橘さん⁉ いや、これはちがくて……」
「大丈夫だよ。誰にも言わないから……」
そう言い残し、教室を出て行く。
「橘さーん‼‼」
「橘のやつ、どこ行くんだろうな。もうすぐ授業始まるってのに」
最悪だ……。いらぬ噂をたてられただけでなく、橘さんの信頼を……。
「あ~き~ら~‼‼‼」
「ひっ‼ そ、そうだ。もうすぐ授業始まるし、俺、そろそろ席に戻るわ。じゃな」
逃げるように走り去って行く明。
本当に災難な事が多すぎる……。貧乏神にでも好かれているみたいだ。とりあえず、今日中に橘さんの誤解を解かないと。