少女との出会い
「お兄ちゃん、アイス買ってきて」
俺達の家に瑞希が来たのは、今から一ヶ月前。まだオヤジがきちんと働いていた時の事だ。
家のアイスがなくなり、妹のほのかが俺をパシリに使う。
「自分で買いに行けよ」
「か弱い小学生を一人で、しかも真夜中に外出させる気?」
「自分で……」
「お兄ちゃん」
「……」
「行ってくれるよね?」
「……」
「ねっ!?」
「……はい」
ヤバい。ほのかの背後に阿修羅が見える……。これはお願いというより、脅迫のような……。
「じゃあ、お母さんもアイス食べたい」
「なっ……!? 自分の息子をパシリに使うな‼」
「ほのか、母さん‼」
そんな二人を見かねて、オヤジが二人を注意するかのように、声を上げる。
意外にちゃんとオヤジらしい一面もあるんだな。見直したぜ。
「アイスより、冷蔵庫の飲み物が切れてるだろ。だから圭吾。お茶とジュースも頼む」
前言撤回‼ こんなオヤジを一瞬でも見直した俺が馬鹿だった。
それから、俺は有無を言わされないままにお金を渡され、家を追い出された。
「はぁ~……、どうして家の家族は皆ああ何だよ……」
昔からそうだ。何かあると全部俺にその役がまわってくる。電球を変える時だって、洗濯物の取り入れだって、力仕事だって……。オヤジがあんなだから、仕方ないって言えば仕方ないのだが……。
「そこのお主。何をそんなに深刻な顔をしておるのじゃ? わしが悩みを聞いてやろうか?」
……。この二十一世紀に、こんな古臭い喋り方をする奴なんているわけねぇよ。きっと疲れ過ぎて、幻聴が聞こえただけだ。
「おい‼ 無視して行くんじゃない‼ 」
幻聴じゃないのか!?
声が聞こえた方を見てみるとそこには、ダンボールに入った銀色の髪をした小さな少女が居た。
……捨て子?
そのダンボールには『この子を拾ってあげて下さい。名前はありません』と書かれてあった。
「どれ、わしがお主の悩みを……」
「遠慮しときます‼」
「何故じゃ!? 何故断わる!?」
あまり、この子とは関わらないでおこう。可哀想だけど、俺に出来る事は何も……。
グゥ~……。
少女のお腹から、腹の虫がなき、恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「……お腹、空いてるのか?」
その言葉に、少女はコクリとだけ頷く。
それからの少女は凄かった。こんな小さな体のどこに、それ程の食べ物が入るのかというくらい、食べ物を食べて……。いや、飲み込んだというほうが正しいかもしれない。どちらにせよ、お袋に渡されたお金を全てこの子の為に使ってしまったのだ。
「恩にきる。お主のお陰で、腹が満たされたぞ」
「ははは……。そりゃどうも……」
どうしよう……。もう、アイスどころかジュースすら買えない……。
「じゃあ俺、そろそろ行くから」
「うぬ……。もう行ってしまうのか……?」
少女は寂しそうに、こちらを見つめる。そりゃそうだ。こんな暗闇に一人、寂しいに決まってる。だけど、今の俺にはこの子に何もしてあげられない。何か助けになってあげたいが、俺一人の力じゃどうにもなんねぇ。こればっかしは、どうしようも……。
「また明日も来てやるから」
その言葉に、少女は満面の笑みを浮かべる。
「本当か!? 本当にまた来てくれるのか!?」
今の俺に出来るのは、少しでもこの子の寂しさを取ってやる事だけだ。
「あぁ。だから、また明日な」
「うぬ。また明日なのじゃ」
少女の笑顔に見送られ、俺は家路に着く。
はぁ~……。帰りたくねぇ。帰ったら確実に、ほのかにやられる……。
「……ん!? 雨か……?」
真夜中の空から、ポツポツと雨が降り始める。
うわっ。早く帰んねぇと、本降りになっちまうな。
……。雨降って来たら、あの子はどうするんだろ……。雨を防げるような物持ってなかったんじゃ……。
「ただいま……」
結局、家に着くまでに本降りになってしまい、びちょびちょに濡れてしまった。本当についてないな……。
「圭吾、遅かったわね」
タオルを手に、お袋が玄関に来る。これは俺が風邪をひかないように心配して、タオルを持って来てくれたんだよな!?
「圭吾。そんな事よりアイス」
……やっぱり、お袋はお袋だった。
「ちょっと……。あんた、その子……」
あの後結局心配になり、雨が止むまでのつもりで、この子を家に連れてきたのだ。
「圭吾……。あんた、まさか……」
「お袋、これには色々とわけが……」
「お父さーーん‼‼ 圭吾が……、圭吾が、隠し子を連れてきたわーー‼‼」
「どうやって解釈したらそんな答えが出るんだよ‼‼‼‼」
お袋は結局、タオルを俺に渡す事なく、リビングに戻って行った。
「圭吾の母上殿は、愉快な方じゃな」
「50を越えたオバサンが、子供みたくギャーギャー騒ぐ事を愉快とは言わないぞ」
「失礼ね。お母さんは永遠の13歳です」
「そのまま、ネバーランドにでも行っちまえ」
ようやく戻って来たかと思いきや、ほのかとオヤジも一緒に玄関へとやって来た。
「圭吾……。その子は誰との子供なんだ!?」
「ちげぇよ。こいつは俺の子じゃねぇ」
「お兄ちゃん……。もしかして、見知らね女の子を無理矢理家に連れて来たとか……」
「そうじゃねぇよ。俺は、この子が……」
「ねぇ、お嬢ちゃん。どうしてこのお兄ちゃんと一緒にここに来たのかな?」
「って話を聞けェェェェェェェェ‼‼」
「うぬ? 圭吾には、『ここに居たら危ないから、俺に着いて来な』って言われて、ここまできたのじゃ」
…………。
「変態だーーーー‼‼‼ ここに変態がいるぞーーーー‼‼‼」
「ちょっ‼ オヤジ、落ち着け‼」
「お兄ちゃん……。ほのか、お兄ちゃんの事信じてたのに……」
「なっ!? ほのか、勘違いするな‼ ってか、泣くな‼‼」
「もしもし警察ですか!? ここに、幼児誘拐……」
「だァァァァァァァァ‼‼‼ シャレにならん事をすなーーーー‼‼‼」
「圭吾……。お母さんは、あんたをそんな子に育てた覚えはないわよ‼‼」
「……今、この家の子を辞めたいよ……」
「圭吾が誘拐してきたんじゃないんなら、その子は一体どうしたんだ?」
「誘拐前提で話を進めるな‼ この子は捨て子だったんだよ。コンビニの近くの電柱の下にダンボールに入れられて……」
「何を失礼な。あれはあれで、立派なわしの家じゃぞ」
「だァァァァァァァァ‼‼ 泣くな‼ 警察に電話するなーー‼‼」
はぁ、はぁ。一体、いつまでこの流れ続けなきゃいけねぇんだよ……。
ようやく全員が落ち着き、この子の事をきちんと細かく説明出来た。全部を説明するのに、かなりの時間がかかった……。
「そうだったの。可哀想だったね?」
お袋……。あんたは、息子を散々疑ってたのに、その息子には謝りの言葉も無しですか……。
「行き先もないなら、家で暮らせばいいじゃないか」
「えっ!? オヤジ、でも……」
「なんだ圭吾。お前は、こんな幼い少女を見捨てるというのか!?」
「お兄ちゃん、サイテー」
「圭吾。見損なったわ」
……今日分かった。言葉とは、時に刃物と化すという事を。
「わしがここに住んでも良いのか!?」
「あぁ。遠慮はいらないよ。私の事を、本当のお父さんと思っても良いからね」
「私達も、本当のお母さんとお姉ちゃんだと思って良いからね。お母さんも、実の娘だと思うから」
「ありがとう……。ありがとうなのじゃ……」
少女の瞳から涙が零れる。本当に、今まで一人で辛かったのだろう。
「そうなると、名前は必要よね」
確かに、お袋の言う通りだ。名前がないと何かと不便だしな。
「そうね……。それじゃあ、瑞希にしようかしら」
「お袋。それは何を思って瑞希にしたんだ?」
「いや~、本当はね、圭吾が女の子なら瑞希って付けようと思ってたのよ。だけど男の子だったから、仕方なく圭吾にしたのよ」
「俺の名前の由来が、仕方なくかよ……」
「だって、本当は男の子でも瑞希って名前にしようとしてたんだけど、親戚の人が……」
誰だか分からんが、親戚の人、ありがとうーー‼‼
俺の名前が瑞希なんてものになっていたら、今頃俺の人生は終わっていたかも知れない。
「そういうわけで、今日から瑞希ね。よろしくね瑞希」
ほのかが笑顔で瑞希に話かける。妹が出来たようで嬉しいのだろう。
「瑞希……。瑞希か……」
瑞希も凄く嬉しそうに笑顔をみせる。
「それじゃあ、瑞希の為に色々と準備をしないとな、母さん」
「そうね。瑞希、こっちへいらっしゃい」
そう言って、オヤジとお袋は瑞希を連れて、リビングにへと入って行く。
はぁ~。帰って来てから、一時間も経ってないのにクタクタだ。
「お兄ちゃん、お疲れ様」
そう言って、俺の頭にタオルを掛けてくれるほのか。
ヤバい……。なんだか泣きそうになってきた……。こんな優しさ、久し振りかも……。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「どうしたんだ?」
「アイスは?」
……。天国から地獄に一気に突き落とされたかのような気分だ。
「悪い。瑞希の為に食料を買ってたら、アイス買うお金なくなってさ」
「お兄ちゃん……。ちょっと、歯を喰いしばってくれる?」
「…………」
この後、大雨の中、再びコンビニに買い出されたのは言うまでもない。