ふぁっといずでぃす9
「いきなりふられてできることなんてこんなもんしかないよ」
情けなく眉をハの字にして、二ネルは言った。
「そんななら俺だってできますって」
相田は指を耳の穴に突っ込んで反対側の口腔内壁をかく真似をして見せる。
「ほら」
「子供騙しだ」
「同じでしょ?」
「違うって。いいか魔法ってのは、キミの世界ではどうか知らないが……いや、キミの世界にはそもそも魔法がないって言ったじゃないか。ないくせに文句言うな」
「手品はあります。マジックって言い換えりゃ魔術と同じです」
「ともかく、魔法ってのはおいそれと簡単に使えるもんではないんだ。準備も必要だし、大掛かりになるようなら事前に許可申請も必要だ」
「許可って、どこに?」
「魔術協会」
「奇術協会みたいなところですか」
「色々とややこしいんだ。魔法使いの事については一般人にあまり詳しく話すことはできない。キミの言う手品も魔法の一部だと思ってくれ」
「タネあかしはできないってことですか」
「うん。多分そういう事だ」
結局、ニネルが魔法使いなのかも、実際この世界に魔法が存在するのかも、はっきりしない。
本当ならもっと突っ込んでコテンパンにしいてやるところだが、相手が美人と言うこともあって、今はこれくらいで勘弁してやろうと相田は思った。
「じゃもう魔法の話はいいです」
「意外にあっさりと引き下がるね」
「なんて言いましたっけ……あの前歩いてるやつ」
「ゲートクラヴィオ」
「そうそれ。ゲートクラヴィオ」
確か『魔法で動く』と言った筈だ。今や眉唾だが。
「あれ動かしてる人も、魔法使いってことですか?」
「いや。彼女は奏縦士だ」
「奏縦士?」
「ゲートクラヴィオを操るのが仕事さ。彼女は同時に調律師でもある。そっちが本業だったかな?」
「調律?」
「早い話が、アレを製造販売している工房のお嬢様でね」
「魔法使いじゃなくても動かせるんですね!?」
「元気になったな。魔法使いがダメなら今度は奏縦士かい?」
「俺にもできそうですか?」
「どうかな。簡単な作業なら、無理なことはないと思うけどね。本格的なのは、難しいと思うよ。彼女も幼い頃から血の滲むような努力をして、ようやくアレを手足のように操れるなったわけだから」
「やってみなけりゃ分かりませんよ」
意外な才能を発揮するかも知れない。元の世界では何一つ取り柄のなかった自分。別の世界にこそ、居場所があるのではないかという希望がふつふつと湧いてくる。
「見してもらえるかな……」
「いま見てもあんまり楽しくないと思うよ。歩かしてるだけだからね」
「そうですかぁ」
「数年前に僕は見たんだがね、十体以上のゲートクラヴィオたちが一斉に奏でる武曲は実に勇壮だよ。それぞれが異なった旋律で奏縦されているのに、まるで一つの協奏曲のように絡み合い響き合うのさ」
どうゆう事だ?
相田は首を捻る。
ゲートクラヴィオというのは、なにか特別な楽器を演奏するためのモノなのか? それともあれ自体が実は楽器だとか?
荷台が一層大きく揺れて、動きが止まった。
「止まったね?」
「止まりましたね」
「着いたのかな?」
「どこにです?」
「目的地さ」