ふぁっといずでぃす4
荷台のへりに気怠げにしな垂れ掛かりながら、彼女はこちらに軽く笑みを向けた。
「大変な目にあった」
アルトのハスキーボイス。アニメの少年キャラにでも声をあてれば似合いそうだ。
吐いて多少楽になったのか、眼の焦点も定まっているように見受けられる。
微笑みかけられて、相田はさすがにドギマギした。
まつ毛で縁どられた大きな目は、白と黒のコントラストも鮮やかに、しっとりしている。鼻筋もすっきり通って躓きがない。
具合の悪そうな青白い肌色と、紫の唇という残念さ、あとゲボ女、というマイナス評価を十分に打ち消せるほど、彼女は圧倒的に美しかった。
だけど……。
彼女の服装に意識がいった。
衣料品のワゴンセールみたいだ。
統一感のない色彩の布たちが、身体に雑に巻きつけられている。無国籍というか、民族的というか。得体の知れないファッションだ。
「乗り物酔いの時は、あまり厚着をしない方がいいですよ」
親切心からそう忠告。
「ふむん。そうなのか」
彼女は頷いて、思い切りよく、身体に巻きついた布を剥がし始める。
見ていていいのだろうか。
一応女性が上着(?)を脱いでいるのだ。ジロジロ見るのはさすがに失礼だろう。
相田は少し視線を外した。
傍らに布がごちゃごちゃと積まれてゆく。最終的には、彼女が纏っていた時と大して印象の変わらない小山ができた。
まさか……全部、脱いじゃったんじゃないか!?
驚き半分、期待半分。漫画的なウヒヒ・シュチュエーションに鼻息も荒く見てみれば――
そんなことが現実に起こるはずもなく、山の核であった女性は、白いブラウスに、ゆったりした黒いズボンと革ブーツという、なんでもない姿で座っていた。
落胆と、当たり前だバカ、という自責。
ついでに、彼女の薄い起伏ゼロの胸元を見て、天は二物を与えないな、などとホッとしたりする。
「なるほど、確かに楽になった気がする」
艷めく黒髪を後ろに撫で付けながら、
「それで?」
女性は目をトロリと半目にさせてこちらを見た。
「はい?」
その色っぽさに魅了されつつ、相田は首を傾げる。
「キミはなんだ?」
「あ」
自分は勝手に乗り込んでいるのだったと思い出し、相田は汗をかき始める。
「あの、俺は……」
逡巡。
迷子です――というのは、いかにも格好が悪い。
他にうまい言い方はないか。
道に迷った者です。
自分探しをしています。
旅人です。
言い淀んでいると、
「いい身成をしている。どこかの従騎士殿か?」
彼女は四つん這いの姿勢で、相田の制服のボタンを指で軽く擦る。
わずかに香る甘酸っぱい芳香。伏せたまつ毛や、桃を思わせる柔らかな質感の頬に、相田はクラクラとめまいを起こす。
……じゅうきし? じゅうきしってなんだろう?
「知らない意匠だな」
上目遣いの探るような瞳。
顎の下。シャツと胸の間にポッカリと空隙ができて、相田は彼女がノーブラであることをちらりと確認した。
全くないからそれでいいのかも知れないが、うぶな高校生には刺激が強い。
「さ、桜岬高校の制服です」
座ったままでプルプルと気を付けしながら、相田は答えた。
「サグラミサキコウコー?」
「し、知りませんか?」
「聞いたことがない」
女性は何故か悔しそうに舌打ちして唸る。
相田の通う桜岬高校は、県内でもそれなりの知名度を持った進学校だ。それを知らないとなると、自分は相当遠くにいるということになる。
「花の桜に、海の岬で、桜岬。そのままです。知りませんか?」
焦る。
「桜岬か。知らないな。で、コウコーというのはなんだ?」
「は!?」
なんだ? すげーバカなのか?
「高等学校ですよ!」
こんな言い直し、いちいち必要か? この女は巫山戯てるのか?
「高等!?」
女性は目を丸くして驚きの声を上げた。
「学校というのは、あの学校か? 教養を授ける」
「そ、そうです」
「それの、高等なものか?」
「た、たぶん……」
ちょっとニュアンスが違ってる気もする。
「学校に高等も下等もない。高等に位置づけられるのは、解釈としては少々乱暴だが、図書館だ」
「なんでですか。図書館は、本貸してくれるところでしょ」
話が、噛み合わない。
この人、絶対へんだ。
「キミは……少しへんだな」
「こっちのセリフですよ!」
「ふぅん」
女性は壁に背中を預けて考え込む。
数秒の沈黙の後。
「……そうか」
女性は真剣な眼差しで
「キミはこの国の人間ではないな」
そう結論づけた。