ゲートクラヴィオ4
『いま見てもあんまり楽しくないと思うよ。歩かしてるだけだからね』
ニネルのハスキーボイスが相田の脳裏に再生される。
確かに……。
鍵盤の上を跳ねるバッツェの指は、まるでのたうつ毛虫のようである。
それに応えて聞こえてくる音色は、ピアノよりもずっと華奢な印象だった。
相田は『あれに似てる、アレアレ』と脳味噌を空転させていた。名前は分からないが聞いたことのある楽器の音色だ。
音楽知識の乏しい相田に代わって答えるならば、たぶんそれはチェンバロである。
確かにその音に近い。加えてトロンが震えているのか、篭ったビブラートが追従している。
無理やり擬音化させるならば『ビヨョン』だ。
そして旋律は……極めて退屈だった。
動いているのはバッツェの左手ばかり。つまりは低音。
右手は壁に添えられ、透かし窓を覗き込み死角を減らそうとするバッツェのバランスを助けるのみである。
ナグロの動きも大人しいものだ。
外の風景の移り変わりや、緩やかな慣性でナグロが動いているのは分かるが、立っていられないほどに揺れるわけでもない。
これでは、車の後部座席に乗っているのと殆ど変わらない。
つまらない。
自分が動かしてこそ楽しくなる、と思いたいが……正直相田は心が冷えていくのを感じた。
『これはダメだ』
相田の肩の線が落ちる。
意味が分からないのである。
ナグロの動きとバッツェが鍵盤を叩くテンポが合っていない。
バッツェがクラヴィニストとして、下手くそということではなく、これはそういうモノなのだろう。
どうやら『一音=一歩』ではないようなのだ。
進路を修正する時に音を鳴らしているのかも知れない。
なんにせよ、操縦桿を左に倒したら左へ、右へ倒したら右へ、ボタンを押したら攻撃、そういう単純なことではない。
つまり操縦が直感的でないのだ。
早くも心がくじけた。
「どうだぁ? 簡単だし、乗り心地もいいだろう?」
振り返ったバッツェの目の前で、相田は明らかにげんなりとした表情を浮かべていた。
この世界はどうも自分に優しくなさそうだ――と。