ゲートクラヴィオ3
トロンという生物は、個体なのか、それとも集合体なのか。
いや、動くからって生き物とは限らない。
例えば、磁性流体のようなものかも知れない。こちらの世界の人は『動く=生き物』と考えているだけで。
「俺が吐き出したアレも、こいつの中に戻ろうとするんですか?」
荒く息をつき、苛立ちを押さえ込みながら、3~4メートル下の地面を指さして相田は問う。
「さすがにあれだけ離れれば戻らんよ。しばらくしたら死ぬだけさ。死ぬとトロンは酸っぱくなる。食えたもんじゃねぇ。害はなくなるがね。ま、腐ればやっぱり腹は壊すんだろうがな」
味とかどうでもいい。
肉食、というのもトロンが実際捕食してるわけじゃなく、単に酸みたいなもので溶かしているだけじゃなかろうか。
この疑問をバッツェにぶつけてみても、無駄な気がする。こういうことはやはりニネルに訊ねるべきだろう。
しかしニネルはこの場にいない。
ルキノが提案したという休憩時間を使って、ゲートクラヴィオを見学したいと申し入れたわけだが、そこにニネルはついて来てくれなかった。高い所が苦手なのだそうだ。
ルキノもどこかへ行ってしまって、むさいおっさんと二人っきり。
それはまったくもって歓迎できない状況なのだが、それでもゲートクラヴィオの魅力には代えられなかった。
乗りたい。動かしたい。
それこそが相田の希望である。
ゆえに本当のところ、トロンがなんであろうとどうでも良い。ゲートクラヴィオの技術面にはさほどの興味がないのだ。
今は動かす方法こそが知りたい。
知りたいからこそ、バッツェの遣りたいように任せている。話の腰でも折ろうもんなら、途中でほっぽり出されそうな気がするからだ。
じっと我慢の時間。しかし、それもそろそろ限界だ。
休憩時間などそれほど長く取る訳ではあるまい。一応先を急ぐ旅らしいのである。
休憩が終わり、移動が再開されれば相田は荷台に戻らねばならない。ニネルがそれを強く望んだのだ。
『キミはボクの側にいろ』
二ネルはそう言った。哀願の色さえその目に湛えてである。
彼女がどういうつもりで言ったのか、その真意を測ることが相田にはできない。
なんにせよ、時間はないのである。
「……じゃぁ、ちょっと動かしてみるか」
きた!
おのが指先を勿体付けるようにゆっくり解すバッツェの様子に、相田は瞳を輝かす。
バッツェは奏縦卓前の足元に設えられている複数の爪にブーツを噛ませ、背もたれのない椅子に腰を掛けた。
身体の支えはそれだけのようだ。シートに身体を括り付けるような事はしないらしい。
バッツェの太くごつい指が、鍵盤上に添えられた。
「どっかに掴まっていろ」
言ってバッツェは鍵盤を強く叩いた。