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ゲートクラヴィオ1

 ゲートクラヴィオ、ナグロのコクピットにあたる場所は意外に広かった。およそ三メートル四方。高さは相田が少し首を竦めて立てるほどである。

 材質は概ね木。所々金属で補強されている。

 天井は幌。後方、そして両サイドは大きく開いている。前面だけが内巻きの曲線を描く壁。

 その壁の中央に鍵盤が並んでいた。

 ピアノとかオルガンとか、そんな感じの。

 相田はナグロの操縦席――こちらの言葉に倣うなら奏縦席が正解かも知れない――に腰を下ろした。

 奏縦席の前面、車ならダッシュボードとかハンドルのある位置、そこにアップライトピアノが据え付けられているような具合だ。譜面台のあるべきところには無数の小さな穴が空いる。ここから前方を透かし見るのだろう。

「いいか若造」

 バッツェが相田の首に太い腕を回し、後ろから体重をかけてくる。

 汗臭い。

 触れる肌が少しベタベタしている。

 そんな不愉快な感覚が、今の相田にはさほど気にならない。

 興奮していた。

 男子であれば、自らの手で機械を操縦する、という行為に憧れを持って当たり前である。

 これが人型ロボットの――ちょっと違うけど――操縦席からの景色か。

「基本的なこった。ナグロに限らず、ほとんどのクラヴィは音で操る。こいつらは決められた旋律や和音に対応して、決められた動作を行う」

「なるほど。だから奏縦なんだ」

「で、一連の行動、例えば格闘戦なんかをさせた時に、ちょうど楽曲が完成するように調教する。そこが調律師の腕の見せ所ってわけさ。まぁつっても、対応音はほぼ完成を見た――って言われてるな。標準律なんてのが広まってな。実に良く出来ている。単体だけじゃなく、集団でもそれなりにいい感じに聞こえるんだ。面白味はねぇけどな」

「へぇ……イィタタッ!」

 鍵盤に伸ばした手がバッツェにひねり上げられた。

「奏縦卓に触るんじゃねぇ! 場合によっちゃ振り落とされるぞ!」

「分かった! 分かりましたよ!」

 振り払った腕をさする。馬鹿力だ。折れるかと思った。

「こいつらぁ融通が利かねぇんだからな。気を付けろ。いきなり飛び跳ねでもしたらテメェもポーンだ」

「ポーンて……」

「で、グシャだ」

 拳を手の平に打ちつけてバッツェは凄む。

「気をつけますって」

「クラヴィの内部は――」

 相田から離れ、バッツェは奏縦卓脇の壁に嵌っているキャップを回し外す。

 ちょうど車の給油口くらいの大きさの丸い穴。バッツェはそこに指を突っ込んで、なにやら粘っこい液体を掬い出した。

「――こいつで満たされている」

 卵の白身くらいの粘性を持った青みがかった代物だ。

「スライム?」

「トロン。魔法生物だ」

 名前の通りトロンとしてる。

「奏縦卓から出ている弦の振動を感じ取って、トロンは自在に収縮する。内部でトロンが収縮することによってクラヴィは動くってぇわけさ」

「はぁ……」

 なんとなく感心した。

 トロンの付いたバッツェの太い指が相田の鼻先に突出される。

「どうだ?」

「なんです?」

「舐めてみるか?」

「なんでですか」

「甘いぞ」

「うそでしょ?」

「舐めてみろ」

「本当に?」

「ああ」

 躊躇。こんな得体のしれないものを摂取して、果たして大丈夫なのだろうか。

 変な匂いはないが。

 バッツェが厳つい顔でジッと覗き込んでくる。暑苦しい。

 ――えぇいっ! いったれ!

 相田は思い切ってバッツェの指をパクリと口に含んだ。

 じゅるり。

「うげあぁ!」

 オヤジの悲鳴。

 バッツェが指を引き抜き、そのまま平手で相田の横っ面を張った。

 鈍い音。重い平手打ち。

 相田は吹っ飛び、コクピット内を転がった。

「何しやがる!」

 床にへばり付き、意識を朦朧とさせながら、それはこっちのセリフだ――と相田は思った。

「あ、あんたが……舐めてみろって……」

 弱々しく抗議する。

「だからって他人の指を舐める奴があるか! 気色わりぃ!」

 た、確かに。

 相田は愕然とした。

 トロンを舐めるだけでも大事件なのに、汚いおっさんの脂ぎった指までしゃぶってしまった。

 舌の上に残る、柔らかいような、硬いような、いやな感触。

 仄かな甘みと、しょっぱさが口内に粘ついている。それがトロンの味なのか、バッツェの味なのか、相田には判断がつかない。

 最悪の気分だった。

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