ふぁっといずでぃす11
「一応確認しときますけど、ニネルさんも俺と同じような境遇ってことはないですよね?」
「異世界からきたってこと?」
「違いますよ……そうなんですか?」
「紛う事なきこの世界の人間だよ」
「でしょうね。そうじゃなくて、俺と同じで前の人達には内緒でこの荷台に乗り込んでるとかないですよね?」
「大丈夫だよ」
大丈夫――って、なんか妙にボンヤリした回答。
「じゃ、なんでこんな布っ切れの山に埋まってたんですか? 実は隠れてたんじゃないですか?」
ニネルが最初身体に巻きつけていた衣類の山を指でつまんでめくる。
改めて見ると本当に雑多で、統一感のないラインナップだ。ストール的な物から袖付きのセーター、はてはズボンまで……。
「埋まってたんじゃないよ。着てたんだ」
「表現が間違ってると思いますけど」
「さっきも言ったけど、目的地が北なんだ。北は寒いからね。いっぱい着てきた」
「それならそれで、もっとちゃんとしたの着たほうがいいと思います」
「持ってないんだ」
「貧乏なんですか?」
「急いでたから、有り物で済ませたんだよ」
バカなのか頭のネジが抜けてるのか。魔法使いなのに知能が低くて大丈夫なのだろうか。
「そんな寒いところ行くんなら、俺にも半分貸してくださいよ」
「え~。寒いのやだよ」
「俺だっていやですよ」
「わがまま言うな。異世界から飛ばされてきたくせに」
「好きで飛ばされたわけじゃないです」
「帰る方法を一緒に探してもらえるだけでも有り難く思えよ。着る物までねだるな」
「食事は?」
「それも自分で何とかしろ」
「そんな! 金もないんですよ!?」
「稼ぐ方法を考えるんだな」
「考えるったって……」
働かなきゃいけないってことか?
RPGみたいにモンスターを倒して金を稼ぐ事もできないのなら、そうするしかない。手に職もないのに、一体何をして金を得たらいいのか。コンビニでバイト、というわけにもいかないだろう。
元の世界に戻る方法よりも、まずこの世界で生活していく方法を探さなければならないとは……。
相田はその現実に頭を抱えた。
「――先生」
その声は荷台の外から聞こえてきた。
男の野太い声だ。
「先ス――うおっ」
荷台を覗き込んできた髭面男が、予想以上に近くにいたニネルに、身を仰け反らせた。
「そんなとこにいらっしたんですか。驚かせんでください」
髭面男は少し不機嫌そうに口元を歪め、ニネルから視線を逸らす。
前の――ゲートクラヴィオに乗っていたオッサンだ、と相田は思った。
口髭、あご髭、もみ上げが全部繋がっており、見るからに男性ホルモン爆発である。よれたクリーム色の長袖にオリーブ色のオーバーオール、逞しく盛り上がった肩や腕の筋肉が、ガテン系らしさを醸し出している。
「いたよ。驚かすつもりはなかったけどね」
「お元気そうですな。ずいぶん顔色もよろしい」
言われてみれば確かに。紫だった唇も、今は綺麗な桃色だ。
「お陰さまでね」
「お嬢が魔法使い殿に少し休憩を、って仰ってたんですが――不要でしたか」
「珍しい。優しいじゃないか」
「お嬢はああ見えて優しい方です」
「ノルドチエリはまだ遠い?」
「まだまだ。今日はエグサントで一泊。ノルドチエリまでは順調に行ってもまだ三、四日かかる予定ですな」
「遠いんだねぇ」
「ナグロがなけりゃ倍はかかってますぜ」
「優秀だねぇ」
相田の知らない単語が色々出てきた。
多分、ノルドチエリというのが目的地なのだろう。エグサントは村か街の名前。ナグロはなんだか全然分からない。
「ニネルさん」
相田はニネルのシャツの袖を軽く引っ張って説明を求める。
「ナグロっていうのは――」
「お、テメー!」
突然、鬼の如き面相を現した髭面男が、荷台に身を乗り上げ相田の方に手を伸ばす。
「な、なんですか!?」
相田はビビりながら、捕まえようとするその手から逃れる。
「さっきのガキじゃねーか。なんで乗ってる!」
「今頃気づいたか!」
「なにぃ!?」
手を足先でペシペシと蹴って退ける。
「ニネルさん助けてください!」
「あぁ……」
「あぁ、じゃなく!」
「こいつ! 先生のお知り合いですか!?」
「うぅん」
どっちとも取れる微妙な返答に、相田も髭面男も動きを止める。
『ほら見ろ!』
互いに言い合ってまた攻防を再開した。