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胡蝶は幸せな夢を見るか

作者: きると
掲載日:2026/02/14

昔者(むかし)荘周夢に胡蝶と為る。栩々然(くくぜん)として胡蝶なり。

自ら(たの)しみて志に(かな)へるかな。周たるを知らざるなり。 俄然(がぜん)として覚むれば、(すなは)蘧々然(きょきょぜん)して周なり。

知らず、周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるかを。

周と胡蝶とは、則ち必ず分有らん。(これ)()物化(ぶっか)()う。

『荘子』より



「………。」


いや、蝶が人になる夢を見てるってどういうことだよ〜〜!!!

今はっきり目の前に見えてるものが現実で、夢ってのは朧げなものじゃん!?完全に別物でしょ〜〜〜!!



はぁ、とわたしは溜息を吐く。

疲れが溜まってくる3限後の休み時間。わたしはさっき習ったばかりの『胡蝶の夢』についてぐるぐると考えていた。


この話を書いた荘周という人は、寝てる間、蝶として楽しく飛び回るという夢を見ていたらしい。でも目が覚めたら自分は蝶じゃなくて荘周だった。そりゃそうだよね。わかるわかる。


でもその荘周って人、目が覚めたあとに「あれ、もしかしたら今が夢で蝶の方が現実なんじゃね?」って考えたらしいの!いやいやどういうこと〜〜!?


昔の人の考えることはよくわからない。いくら授業で説明されたって、わからないものはわからないのだ。

思想家の人の頭の中ってマジでどうなってんの?これだから歴史や倫理の授業は好きじゃないのだ。

特に、『哲学』は。


「早瀬さん」

「は、はいっ!?…え、桜井さん??え、えーと、珍しいね?なんかあった?」

「さっきの授業、どう思った?」

「どうって、何が?」

「『胡蝶の夢』。どう思った?」

「え、ええ…?」


桜井さん―このクラスで少し浮いてる文学少女―は、正直言って少し苦手だ。いつも教室の隅で難しそうな本を読んでて、誰かと話してるのも見たことなくて、どこか近寄りがたい雰囲気を纏っている。もちろんわたしだって話したことはない。

…そんな子が、なんで話しかけてきたんだろう?


わたしが返答に困っていると、桜井さんが話し出した。


「私ね、この世界は夢だと思ってるの」

「……はい?」


いや急に何〜〜〜!?!?

本当に何??桜井さんはファンタジーの世界にでも生きてる!?頭の中どうなってるの〜〜!?


あ、でも…


これが『哲学』、なのかな?



「じゃあ、今わたしが桜井さんと話してるのも夢?」

「そう。全部夢。いつもの日常も、幸せも、いずれ訪れる悲しみも、全部。電気信号の見せる、夢幻。」

「でも残酷じゃない?夢ならもっと、大変なことなんてない幸せな人生になってほしいなーなんて」

「そう、この世界は夢なのに、辛いことが多すぎる。」


どこか神妙な面持ちの彼女に、私は何も言えなかった。

彼女は一体、どんな人生を歩んできたんだろう?


「だからね、早瀬さん」




「私、この夢から覚めることにしたの」




次の日、桜井さんは学校に来なかった。

次の日も、その次の日も。



彼女は蝶になれたのだろうか?

やっぱりわたしには、思想家の考えることがどうしても理解できなかった。

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