第9話 最初の業務改善と騎士団の装備最適化
『王家筆頭監査官』。
そのあまりにも重々しい肩書を賜ってから、数日が経った。
私には役員待遇の豪華な執務室が与えられたが、そこはすぐに皇帝陛下直々に届けられた、うずたかい書類の山に埋もれた。
そのすべてが、私がリストアップした不正の温床、『古き辺境伯』派閥が関わる予算申請書だ。
(うぅ……。プロジェクトのキックオフ直後に、いきなり仕様書と課題リストの全部盛りを渡された気分……)
どこから手をつけていいものか。全てが重要で、全てが緊急案件に見える。
私がため息をつくたびに、護衛という名の監視役、もとい頼れる騎士団長のレオン様が、彫像のように直立したまま眉間の皺を深くする。
「ミカ嬢。何か問題でも?」
「問題だらけ、と言いますか……。課題が多すぎて、どこから手をつければいいのか。一番の問題点がどこか、特定できていない状態です」
「一番の問題点……」
「はい。この不正のシステムはあまりにも複雑で、多くの人間が関わりすぎています。いきなり黒幕の首を狙っても、きっとトカゲの尻尾切りのように逃げられてしまうでしょう」
「では、どうするのだ」
「まずは、一番簡単で、かつ効果が目に見えやすい部分から改善します。つまり、今までのやり方を、もっと効率的に、もっと分かりやすく、そして何より『不正ができにくい』仕組みに変えてしまうんです」
私が力説すると、レオン様は難しい顔をしながらも、何かを理解しようと努めてくれているようだった。
「なるほど。敵の城を攻めるのではなく、まずはこちらの陣地の守りを固め、兵站を完璧にする、ということか」
「そ、それです! まさにそれ! さすがレオン様です!」
完璧な軍事翻訳に、私は思わず手を叩いて喜んだ。
彼の聡明さには本当に助けられる。
私が最初のターゲットに選んだのは、『王宮内備品・消耗品の発注システム』だった。
これは全ての部署が関わる、最も基本的で、そして最も不正の温床になりやすい業務だったからだ。誰が、いつ、何を、いくらで、何のために発注したのか。その記録が、驚くほど杜撰だったのだ。
私はスキルを全開にして数百年分の発注データを分析し、たった一日で全く新しい発注システムの設計図を羊皮紙に描き出した。
申請フォーマットの統一化。
上長承認の二段階認証。
納品時の現物確認と受領サインの義務化。
そして、全ての記録を私が管理するデータベースに一元化すること。
(ふふふ……。これで、幽霊発注も、水増し請求も、横流しも全部不可能になる。完璧なワークフローの完成よ!)
この新しい申請書式と運用マニュアルを手に、私は各部署の責任者を集めた説明会を開催した。もちろん、皇帝陛下の勅命という最強のお墨付きを持って。
案の定、特に経理部門や古くからいる貴族出身の部署長たちからは猛烈な反発があった。
「こんな面倒な手続き、やってられるか!」
「今までのやり方で、何の問題もなかったはずだ!」
そんな怒号が飛び交う中、私は静かに、そしてにっこりと微笑んで言った。
「皆様。これは決定事項です。この新しいルールに従えない方は業務を放棄したと見なし、陛下にご報告させていただきます」
私の言葉に、会場は水を打ったように静まり返る。
「……それと、このシステムを導入することで皆様の部署の年間予算が平均で15%は削減できるという試算も出ております。浮いた予算は、皆様の部署の正当な活動に再配分されるか、あるいは忠実に職務をこなしてくださっている騎士団や文官の皆様の給与に反映されることでしょう」
アメとムチ。これも、プロジェクトマネジメントの基本だ。
面倒だと言っていた者たちは予算削減と査定という言葉に顔を青くし、一方でこれまで正当な評価を受けてこなかったであろう実直な部署の者たちは、期待の色を瞳に浮かべている。
その日の午後、執務室に戻るとレオン様が感心したような、それでいて少し呆れたような顔で私を見ていた。
「……見事な手腕だった。まるで歴戦の将軍のようだ」
「いえいえ、ただの社内調整ですよ。前世で嫌というほどやりましたから」
私が謙遜すると彼はふっと、わずかに口元を緩めた。
その珍しい微笑みに、私の心臓がまた少しだけ跳ねる。
「そうだ、レオン様。今回の業務改善の最初の成功モデルとして、騎士団の装備品管理を私にやらせていただけませんか?」
「騎士団の装備を?」
「はい。騎士団の皆様は、この国を守る最も重要な『資産』です。その資産価値を最大化するのが私の仕事ですので。まずは現状の装備品リストをすべてデータベース化し、劣化状況や不足分を洗い出します。その上で予算を最適配分し、最短で騎士団全体の戦力を底上げするプランを提案します」
私の提案に、レオン様の目の色が変わった。
彼にとって騎士団の強化は、何よりも優先すべき悲願だったのだろう。これまでの杜撰な予算管理のせいで、彼の部下たちがどれほど苦労してきたか、私には想像がつく。
「……頼めるか」
「お任せください」
私は早速スキルを発動させた。
ターゲットは、王宮の地下に広がる騎士団の巨大な武具庫だ。
『開かずの倉庫』ほどではないが、ここもまた長年の杜撰な管理によって混沌とした空間と化していた。
(スキル、発動! 騎士団武具庫、全アイテムの鑑定・データベース化、および最適化プランの策定、開始!)
ピコンッ!
私の頭の中に、膨大な武具の情報が流れ込んでくる。
錆びた剣、穂先が欠けた槍、へこんだ鎧。
私はそれら全ての情報を瞬時に整理し、そして一つの驚くべき『最適化案』を導き出した。
それは単なる補充や修理ではなかった。
私が『開かずの倉庫』で見つけた用途不明で放置されていた希少な鉱石。それを騎士団の標準装備である鋼の剣や鎧に、特殊な魔法加工で合金化させる。
そうすることで、装備の重量を20%軽量化しつつ強度を50%向上させ、さらに微弱な魔力耐性まで付与できるというものだった。
これは騎士団の戦闘能力を、根底から覆すほどの革命的なアップグレード案だった。
私はそのプランを詳細なレポートにまとめ、レオン様に提出した。
レポートを食い入るように読んでいた彼はやがて顔を上げると、信じられないという表情で私を見つめた。
「ミカ嬢……これは、本気か? こんなことが、本当に可能なのか……?」
「可能です。すでに素材の確保と加工を担当する王宮鍛冶師への技術指導プランも作成済みです。あとは、騎士団長閣下のご承認さえいただければ」
私は最高の笑顔で言った。
「プロジェクト名は、『騎士団装備・最適化計画』。納期は、三ヶ月。いかがでしょうか?」
レオン様はしばらくの間、言葉もなく私を見つめていた。
そして、やがて深く、深く頭を下げた。
「……筆頭監査官殿。我が騎士団の未来を、君に託す」
その声は、感謝とそして絶対的な信頼に満ちていた。
私のスローライフ計画は、今日もまた、はるか彼方へと遠ざかっていく。
しかし目の前のカタブト騎士団長の期待に満ちた熱い視線を受けながら、まあこれも悪くないかな、なんて思ってしまう私は、もうすっかりこの世界の『お片付け』に夢中になっているのだった。




