表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/66

第6話 底なしの記録沼と、最初の『検索』

皇帝アルベルト・フォン・クラインハルト陛下と、私の隣で氷像のように固まっている騎士団長レオン・アークライト様。

そして私たちの前に立つ一人の老人。

彼はこの『王家記録保管庫』の長であるエルムズワース様というらしい。いかにも気難しそうな皺の深い顔で、私を値踏みするように見ている。


「陛下。この小娘に、この神聖なる記録の庫を任せると、本気で仰せか?」


エルムズワース様の乾いた声には、隠しきれない侮蔑が滲んでいた。

無理もない。何十年もこの記録と共に生きてきた碩学からすれば、ぽっと出の、しかも『お片付け』なんていうふざけたスキルを持つ少女が、自分たちの聖域を荒らしに来たとしか思えないのだろう。


「そうだ、エルムズワース。彼女、ミカ・アシュフィールドには、この保管庫における全権を委任する。君は彼女の指示に従い、必要な協力をするように」


陛下の静かだが有無を言わせぬ声に、老学者は不満げに口をへの字に曲げたが、それ以上は何も言わなかった。

レオン様の鎧の下からでも分かる威圧感が、無言のうちに陛下の命令を肯定していた。


(ああ、これ、完全にあのパターンだわ。レガシーシステムの移行プロジェクトに、突然外部からコンサルが送り込まれてきた時の、現場の生え抜きベテランエンジニアの反応……)


前世で何度も経験した光景に、私の心は不思議と落ち着きを取り戻していた。

わかる、わかるよその気持ち。

でもね、そのレガシーシステム、もう誰も仕様書を読めないし、作った人はとっくにいないし、何よりセキュリティホールだらけなんですよ……。


やがて陛下とレオン様は「結果を期待している」という言葉を残して去っていった。

巨大な書庫に、私と不機嫌な沈黙を続けるエルムズワース様だけが残される。


私は彼の存在を意識の外に追いやり、一歩、情報の山脈へと足を踏み入れた。

そして静かに目を閉じ、スキルを発動させる。


(まずは現状把握から。物理的な移動は後。最初にやるべきは、全データのインデックス化とシステム全体のボリューム測定)


絶望的な状況を前にすると、逆に思考が冴えわたる。

悲しいかな、私の体に染み付いた社畜根性という名のプロフェッショナル魂が、うずき始めていた。

これは挑戦だ。途方もない、しかしやりがいのある挑戦。


「スキル、発動――《完璧なる整理整頓》」


私の意識の中で、青白い光のグリッド線が目の前の紙の山脈全体を覆っていく。

羊皮紙の一枚一枚、帳簿の一頁一頁がスキャンされ、膨大な情報が濁流となって私の頭の中に流れ込んできた。

それは混沌の可視化だった。


数分後、私の視界にシステムスキャンの完了を告げるウィンドウがポップアップした。


「……ひっ」


思わず小さな悲鳴が漏れた。

総点数、約八百五十万。データ整合性エラー、三百十万件。エラー率、実に三十六パーセント超。


(なんだこのシステムは……! テストもせずに本番稼働させたのか!? しかもドキュメント管理が皆無で、バージョン管理もめちゃくちゃ……。これを人力でやれって、正気の沙汰じゃない)


推定所要時間、千二百人年。

一人の人間が千二百年かけてやる仕事。あるいは百人の学者を集めても十二年かかる計算だ。

皇帝陛下が「百人の碩学が百年かけても不可能」と言っていたのは、決して大袈裟な表現ではなかったのだ。


しかし同時に、私の心は燃え上がっていた。

(これだ。これこそ、私のスキルが真価を発揮する場所……!)


私は視界に浮かぶウィンドウの最後の項目、『最適化提案』に意識を集中し、力強く念じた。


「YES。実行します」


ピコン。

静かな承認音が、私の頭の中に響く。

私はその場に立ったまま、再び目を閉じた。


傍から見れば、ただ呆然と立ち尽くしているだけに見えるだろう。

実際、私の背後でエルムズワース様が「何を呆けておるのだか」と呆れたようにため息をつくのが聞こえた。


だが、私の内側ではとんでもない速度で処理が進行していた。

視界の端にいくつものプログレスバーが出現し、猛烈な勢いで右へと伸びていく。


《インデックス作成中……12%》

《データクレンジング実行中……23%》

《リレーションシップマッピング……45%》


数百年分の混沌とした情報が、私の頭の中で激流のように渦を巻き、やがて一本の澄んだ川の流れへと再構築されていく。

それはまさに神の御業だった。


十分ほど経っただろうか。

《処理完了。王家記録保管庫データベースの構築が完了しました》


全てのプログレスバーが100%に達し、私の意識は静寂を取り戻した。

ふぅ、と深く息を吐く。

データベースは完成した。これで、この混沌の海からどんな情報でも瞬時に引き出せる。


(よし、テストしてみよう)


私は先ほどの皇帝陛下の、疲れ切った表情を思い出す。あの書類の山。きっと何か特定の金の流れを追っているに違いない。

こういう時、一番追跡しにくく不正の温床になりやすいのは……。


(そうだ。『特別事業費』とか『機密費』みたいな曖昧な名目の予算。一番大きなブラックボックスから叩いてみるのが定石だわ)


私は構築したばかりのデータベースに、最初の検索クエリを投げた。

キーワードは、『王室特別事業費』。


エンターキーを押すイメージで、検索を実行する。

コンマ一秒にも満たないロード時間。

そして私の視界に、検索結果がポップアップした。


それは特定の帳簿ではなく、百五十年分にわたる全ての関連記録を瞬時に集計・分析した、衝撃的なサマリーレポートだった。


【検索結果:王室特別事業費】

予算総額:金貨 85,000,000枚

支出報告総額:金貨 84,950,000枚

成果物・納品確認記録:金貨 12,300,000枚相当

使途不明金:金貨 72,650,000枚


「…………」


私はその数字を、瞬きもせずに見つめた。

金貨、七千二百六十五万枚。


この国の国家予算がいくらなのかは知らない。

けれど、騎士団を何年も、いや何十年も維持できそうな金額であることだけは、私にも分かった。


これは単なる帳簿のズレや、担当者のミスではない。

王家の財産に巣食い、その血を吸い続ける巨大な『何か』の存在を示す、動かぬ証拠だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ