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第53話 世界の裏側と管理パネル

私は目の前に鎮座する巨大な機械を見つめた。 その表面には、無数の不思議な光が規則正しく並んでいる。 これこそが、この世界の根幹を支える仕組みそのものだった。 私は、自身の奥底に眠る特別なスキルを発動させた。


頭の中に、膨大な量のデータが濁流のように流れ込んでくる。 それは前世で何度も目にした、コンピュータの管理画面と同じ構造をしていた。 私は肺に溜まった熱い空気を深く吐き出した。 隣に立つレオン様が、心配そうな眼差しで私の横顔を覗き込んでいる。


「ミカ。顔色がひどく悪いようだが大丈夫か」


彼は私の細い肩を、大きな手で優しく支えてくれた。 彼の高い体温が、衣服越しに私の冷えた体へと伝わってくる。


「大丈夫です。少し仕組みの複雑さに驚いただけですから」


私は彼を安心させるために、精一杯の笑顔を作って答えた。 この機械は、この世界の物理現象を司る操作パネルそのものである。 私は画面に浮かび上がる光る文字を、一つずつ丁寧に読み解いた。 そこには、この世界が存続するための厳格な決まりが記されている。 気温の詳細な設定や、一年に降る雨の総量までもが数値化されていた。 生息する魔物の数まで、あらかじめ決められている。


まるで精巧に作られたゲームの設定画面を見ている気分だった。 私はあまりの衝撃で、指先が小さく震えてしまうのを止められない。


「レオン様。こちらにある、光る画面を見てください」


私は不気味に明滅する画面を人差し指で指し示した。 そこには複雑な記号が幾重にも重なって並んでいる。


「これは一体何だろうか。私には、ただの眩しい光の束にしか見えない」


レオン様は眉間に皺を寄せて、不思議そうな表情を浮かべた。 彼は、この特殊な文字を読み取る力を持っていないようだった。


「これは、この世界を運用するための正確なレシピ本です。何を、どこで、どのように作るかが全て記されています」


私は彼が理解しやすいように、平易な言葉を選んで説明した。 彼は驚きのあまり、青い目を見開いて絶句している。


「レシピ本、だと。世界を創造する方法がここに記されているのか」


「はい。そして現在のこのレシピは、見るに堪えないほどめちゃくちゃです」


私は画面の隅で点滅している、重大なエラー表示を見つけ出した。 それは警告を促すかのような真っ赤な色で、激しく光っている。 これこそが、狡猾なヴァルデマーが仕組んだ最悪の悪行だった。 彼は世界の調和を保つための決まりを、力ずくで壊していた。 自分の都合が良い結果が出るように、数値を書き換えたのだ。 だから、この国の環境は異常なほどにおかしくくなっている。


「ミカ。君の力を使えば、これを元通りに直せるのか」


レオン様が私の瞳を真っ直ぐに、力強く見つめてきた。 その瞳の奥には、揺るぎない私への信頼が宿っている。


「はい。私に全てをお任せください」


私は画面に向き直って、慣れた手つきで操作を開始した。 私の指先から、透き通るような青い光が放出される。 スキル、完璧なる整理整頓が、機械の内部へと浸透していく。 私は不要に積み上げられたゴミのようなデータを、一つずつ消去していった。 ごちゃごちゃになった複雑な命令系統を、丁寧に解きほぐす。 正しい場所に適切な情報が収まるように誘導していく。


「まずは、この場所の大掃除から始めます。余計なデータが多すぎて、システムが円滑に動きません」


私は集中力を高めるために、小さく独り言を漏らしながら作業を進めた。 それは前世の職場で、夜遅くまで作業していた感覚と酷似していた。 古いデータを整理して、完全に消去する作業を繰り返す。 そうすれば、世界の処理速度は劇的に改善されるはずだった。 私は次々と空中に浮かぶボタンを正確に押した。 画面の不気味な赤色は、穏やかな青色へと塗り替えられていく。


「よし。これで、一つ目の大きな問題が片付きました」


私は額に滲んだ汗を、手の甲で手早く拭った。 レオン様がそっと、清潔なハンカチを私の方へ差し出した。 彼は私の顔を、壊れ物を扱うかのように優しく拭いてくれる。 その手つきは驚くほどに丁寧で、愛情に満ちていた。


「決して無理はしないでくれ。君が倒れてしまっては、救われる命も救えなくなる」


「ありがとうございます。でも、今ここで私がやらないといけないんです」


私は再び手元の作業に、全神経を集中させた。 世界の裏側に広がる情報空間は、想像を絶するほどに広大だった。 データは底の見えない海のように、どこまでも深く続いている。 私はその情報の波の中を泳ぐように、目的の場所を探した。 悪いプログラムを一つずつ見つけ出しては、消去していく。 綻びが生じて穴が開いた部分を、新しいコードで塞いでいった。


「レオン様。この世界は、もう少しで完全に壊れるところでした」


「どういうことだ。私にも分かるように、詳しく教えてくれ」


「誰かが道理に合わない無理な命令を、何度も重ねました。それで、全体のバランスが大きく歪んでいます」


私は状況を分かりやすく図解して、彼の前に提示した。 空間に青い光で描かれた、立体的な図像がぼんやりと浮かび上がる。 それは複雑にねじれ切った、一本の紐のような形をしていた。 レオン様はその無残な姿を見て、苦しげに唸った。


「これが今の世界の真実の姿なのか。あまりにも、見るに耐えないひどい姿だ」


「はい。でも、私が持てる力の全てを使って真っ直ぐにします」


私はスキルの出力を、限界まで一気に引き上げた。 私の全身から、眩いばかりの光が溢れ出して周囲を照らす。 ねじれた光の紐を、一本ずつ慎重に解いていく。 一つずつ真心を込めて丁寧に伸ばして、本来の形に戻していく。


「すごい。汚れていた光が、みるみるうちに綺麗になっていく」


後ろで作業を見守っていた騎士の一人が、小さく呟いた。 彼は目の前で起きている奇跡に驚いて、動けないようだった。


「ミカ様は、やはり本物の神様だったのだな。こんな常識外れのことができるなんて信じられない」


別の若い騎士も、熱心な眼差しで私の一挙手一投足を追っている。 彼らの純粋な賞賛の言葉が、私の耳に届いた。 私はただ、目の前の作業を完遂することだけを考えていた。 世界の最適化という作業は、精神を削るほどに過酷である。 でも私には、この困難な状況を打破する力がある。 地味だが確実に結果を出す、最強のスキルが味方だった。


「次は、この国の天候システムを正常に戻します。ここが、今起きている全ての不具合の最大の原因です」


私はカルヴァン公国の広大な空を、心の目で見た。 そこには、魔力によって作られた不自然な雲が居座っている。 それは特定の人物によって、意図的に配置された偽物の雲だ。 地上に恵みの雨を降らせないように、徹底して邪魔をしている。


「これを消去すれば、この国に雨が降ります」


私は画面にある、雨、停止という項目を迷わず選んだ。 そしてそれを、本来あるべき、自動という設定に書き換える。


「システム変更を直ちに実行します」


私が決定ボタンを強く押した、その瞬間だった。 遺跡の外側から、大地を揺らすような大きな音が響き渡った。 それは恐ろしい雷の音などでは、決してなかった。 空気が心地よく震えるような、不思議で清らかな音だ。


「ミカ。今のは一体何の音だ。外で、何か危険な事態が起きたのか」


レオン様が警戒心を強めて、腰の剣の柄に手をかけた。 私は彼を制するように、穏やかに首を振って笑った。


「大丈夫です。空が本来の健やかな姿に直った音です」


私は画面に流れるデータを、最後に念入りに確認した。 全ての悪意ある不具合が、システムから完全に消え去っていた。 世界は、ようやく本来の調和の取れた姿を取り戻した。 私は安堵のあまり、その場に力なく座り込んだ。


「終わりました。これで、この国は必ず救われます」


私はそう告げて、肺の奥から深く息をついた。 レオン様が私を包み込むように、強く抱きしめてくれた。


「本当によくやってくれた、ミカ。君は私にとって、本当に誇らしい存在だ」


彼の力強い温もりが、疲れ切った私を優しく包み込んだ。 私はこの上ない幸せな気持ちで、静かに目を閉じた。 でも、まだやり残したことが一つだけある。 私は重い目を開けて、彼を真っ直ぐに見上げた。


「レオン様。お片付けというものは、最後まで責任を持つものです。この重要な機械を、誰の目にも触れないよう隠しましょう」


「そうだな。これほどの力を、悪意ある者に触れさせてはいけない」


私は機械に対して、特殊な論理ロックを施した。 私の固有の指紋でしか、二度と起動しない強固なものだ。 これで何者かに悪用される心配は、完全になくなった。 私は最後に、光り輝く画面をゆっくりと閉じた。


「よし。全ての作業が終了したので撤収しましょう」


私はよろめきながら立ち上がって、周囲を静かに見回した。 遺跡の淀んでいた空気が、劇的に変わっているのが分かった。 不快な魔力が消えて、清らかな風が内部を吹き抜けている。 私たちは、光の差し込む出口に向かってゆっくりと歩き出した。 騎士たちが、私たちのために誇らしげに道を作ってくれる。


「ミカ様。この国を救っていただき、本当にありがとうございます」


「あなたこそ、この時代の真の英雄です」


騎士たちが次々と、感謝の言葉を私に投げかけてくれた。 私はあまりの恥ずかしさに、顔を真っ赤にしてうつむいた。


「私は、ただ散らかった場所を掃除しただけですから」


私が控えめにそう言うと、レオン様が可笑しそうに笑った。


「掃除だけで世界を救ってしまうのは、世界中で君だけだ」


私たちは巨大な滝の裏側を通って、外の世界に出た。 そこには、言葉を失うほどの驚くべき光景が広がっていた。 どんよりとした空からは、優しい雫となって雨が降っている。 それは何年もの間、国民が待ち望んでいた恵みの雨だった。


「雨だ直本当に、空から雨が降っている」


レオン様が感極まった様子で、空を見上げて呟いた。 彼の美しい銀髪が、雨に濡れて宝石のように光っている。


「はい。これで蔓延していた疫病も、じきに消えるはずです」


私は雨の中にそっと手を伸ばして、穏やかに微笑んだ。 水は、全ての生命にとって欠かせない命の源だった。 枯れ果てていた大地が、乾いた音を立てて水を吸い込む。 周囲の草木が、喜びで震えているように私には見えた。 私たちは雨の中を、誰に急かされることもなく歩いた。 急ぐ必要は、もうどこにも残されていなかった。 でも山道を慎重に降りる途中で、レオン様が不意に足を止めた。


「ミカ。少し待ってくれ。あそこに怪しい人影がいる」


彼の鋭い視線の先には、数人の男たちが呆然と立っていた。 彼らは、あの忌まわしいオリオン商会の制服を身に着けていた。


「まさか。まだヴァルデマーの残党が潜んでいたのか」


レオン様が、殺気を帯びた鋭い声を張り上げた。


「待ってください。彼らの様子が明らかにおかしいです」


私は、自身のスキルを遠隔で発動して彼らを詳細に鑑定した。

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