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第47話 禁断の兵器と決戦前夜

王都に帰還した私たちを待っていたのは、皇帝陛下直々の出迎えと、王宮を挙げての盛大な歓迎だった。

シレジア公国での一件は、すでに帝国のジークフリート王子が寄越した通信水晶によって、陛下をはじめとする王宮の中枢に詳細に伝えられていたのだ。


「よくぞ戻った、ミカ、レオン。見事な働きであった」


玉座の間で、アルベルト陛下は満面の笑みで私たちを労ってくれた。その声には隠しきれない喜びと、私への誇りが滲んでいる。


「君はまたしても、この国を救ってくれた。いや、もはや君の働きは一国の枠に収まらん。大陸全体の平和に貢献したと言っても過言ではない」


「もったいないお言葉です、陛下。これも全て、陛下の的確なご判断と、レオン様が常に私を守ってくださったおかげですわ」


私がそう言って隣に立つレオン様に視線を送ると、彼は少し照れたように、しかし誇らしげに胸を張った。


帰還報告と祝賀の宴が終わった翌日。私は早速、二つの執務室をフル稼働させて、新たな『お片付け』に取り掛かっていた。

皇帝執務室の隣にある私の第一執務室では、シレジア公国との正式な同盟締結に向けた条約案の作成を進める。セシリア公女とは、ジークフリート王子から貰った通信水晶を改良し、安全な専用回線を構築して毎日連絡を取り合っていた。


『ミカ様のおかげで、我が国の真珠市場は完全に正常化いたしました。今では公正な競争のもと、商人たちは生き生きと商いをしております』


水晶に映るセシ-リア公女の顔には、以前のようなくぐもった表情はなく、次期元首としての自信と輝きが満ちている。


「それは何よりですわ、セシリア殿下。ですが、本当の改革はこれからです。両国の間に、自由で公正な交易路を開きましょう。我が国のヴァイスランド鋼やヴァイス麦と、貴国の魔法真珠や海産物。互いの特産品を流通させることで、両国の経済はさらに飛躍的に発展するはずです」


『ええ、ぜひ!素晴らしいご提案ですわ!』


一方、騎士団本部にある第二執務室では、レオン様と共に『天秤の徒』ことオリオン商会への対策を練っていた。ガルニア帝国との共同戦線は、水面下で着々と準備が進められている。


「ジークフリート王子から、新たな情報が届きました。オリオン商会が独占している『魔光石』の鉱山。その場所が、ついに特定できたそうです」


私が壁に広げられた大陸地図のある一点を指し示すと、レオン様の蒼い瞳が鋭く光った。


「……大陸中央に位置する、中立地帯の山脈か。どこの国の主権も及ばぬ、無法地帯。奴らが拠点にするには、まさにうってつけの場所だな」


「ええ。そしてジークフリート王子は、こう提案してきています。『この鉱山を、我がガルニア帝国とクラインハルト王国の連合軍で奇襲し、制圧する。そして、鉱山の利権は両国で平等に折半する』と」


「……奴らしい、抜け目のない提案だ」


レオン様は苦々しげに呟いた。

「だが、オリオン商会の力を削ぐためには、最も効果的な策かもしれん」


「はい。問題は、彼の真意です。本当にオリオン商会を潰したいだけなのか。それとも、これを機に我が国に何らかの恩を売り、有利な立場に立とうとしているのか……」


「君はどう見る、ミカ嬢」


「おそらく、その両方でしょう。彼は野心家ですが、同時に現実主義者でもあります。オリオン商会という共通の敵を排除するメリットは、彼にとっても計り知れない。今は、彼の提案に乗るべきだと判断します。ただし、こちらが主導権を握る形で、ですが」


私は不敵に微笑んだ。

こうして、私の日常はますます多忙を極めていた。午前中はシレジア公国との外交交渉、午後は騎士団本部で作戦会議、そして夜は皇帝陛下への進捗報告と、息つく暇もない。


しかし、不思議と疲れは感じなかった。むしろ、充実感に満ち溢れていた。この国の未来を、そして大陸の未来を、私がこの手で『お片付け』している。その実感こそが、何よりの原動力だった。


そんなある日。

皇帝陛下から、珍しく「今夜は仕事を忘れ、二人だけでゆっくりと食事をしないか」というお誘いを受けた。場所は、王宮の最上階にある、陛下専用の空中庭園だという。


その夜、私が約束の場所へ向かうと、そこはまるで夢の世界のような光景が広がっていた。

ガラス張りの温室には、見たこともないような美しい花々が咲き乱れ、穏やかな魔法の光が庭園全体を優しく照らしている。中央には、星空を映す静かな池があり、そのほとりに二人だけの小さなテーブルが用意されていた。


「来たか、ミカ」


夜景を背に、アルベルト陛下が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。いつもの威厳に満ちた皇帝の姿ではなく、ただ一人の男性としての、柔らかな表情だった。


「陛下……。これは、あまりにも素敵すぎて……」


「君を驚かせたくてな。気に入ってくれたか?」


「はい。言葉もありません」


私たちはテーブルにつき、侍従が運んでくる極上の料理に舌鼓を打った。

陛下は、政治や仕事の話は一切せず、ただ穏やかに、他愛のない話をしてくれた。幼い頃の思い出や、好きな本のジャンル、時には苦手な食べ物の話まで。

私は初めて、彼の人間らしい一面に触れた気がした。そして、彼もまた、私が前世でどんな人間だったのか、どんな夢を見ていたのかを、優しい眼差しで聞いてくれた。


「……そうか。君は、そんなにも過酷な世界で生きてきたのだな」


私の話を聞き終えた彼は、どこか痛ましげに、そして限りなく愛おしそうに私を見つめた。


「だが、もう君は一人ではない。君が背負う荷物は、私が半分持とう。いや、全て私に預けてくれても構わんのだぞ」


その甘い言葉に、私の心臓が大きく高鳴る。

食事が終わり、私たちは庭園をゆっくりと散策した。花の香りと、夜風が心地よい。


「ミカ」

不意に、陛下が立ち止まり、私の名前を呼んだ。

彼は私の両手を取ると、まっすぐに私の瞳を見つめた。その金の瞳は、真剣な熱を帯びていた。


「私は、君を愛している」


あまりにもストレートな告白。

私の思考は、完全に停止した。


「初めて会った時から、君のその聡明さと、揺るぎない魂に惹かれていた。君は私の光だ。君のいない人生など、もはや考えられん」


彼はそう言うと、私の手を優しく引き寄せ、その唇を私の唇に、そっと重ねようと……。


その、まさにその瞬間だった。


「――お二人さん、随分と熱烈ですな」


私たちの甘い雰囲気をぶち壊すように、呆れたような、それでいて少し拗ねたような声が響いた。

はっと振り返ると、そこにはいつの間にか、騎士団長のレオン様が腕を組んで立っていた。その美しい顔は、嫉妬の炎で燃え上がっているように見える。


「レオン!?なぜ君がここに……!」


陛下が、心底邪魔されたという顔で、不機嫌そうに言った。


「はっ。ミカ嬢の護衛ですので。陛下と二人きりにするなど、職務上、看過できません」


彼はそう言って、私と陛下の間に強引に割って入った。


「ミカ嬢は、陛下だけのものではありません。我々騎士団にとっても、かけがえのない女神なのですぞ」


「何を言うか、レオン。彼女は私の筆頭監査官だぞ」


「いいえ、騎士団の軍事顧問でもあります」


皇帝と騎士団長。この国の二人の英雄が、私を真ん中に挟んで、子供のような言い争いを始めた。そのあまりにも非現実的な光景に、私は先ほどまでの甘いときめきもどこへやら、ただただ頭を抱えるしかなかった。


(私の穏やかなスローライフは、一体どこへ……)


私は二人の英雄からの、あまりにも重すぎる愛情に嬉しい悲鳴を上げそうになるのを、必死でこらえる。


その時、私の懐に入れていた通信用の水晶が、淡い光を放ち始めた。緊急の通信が入ったのだ。

相手は、特別牢にいるはずの、ライナスからだった。


『ミカ!大変だ!オリオン商会が、動いたぞ!』


水晶から響く彼の切羽詰まった声。

私と陛下、そしてレオン様の顔から、一瞬で笑みが消えた。


『奴らの次のターゲットは、シレジアでも、我が国でもない。……大陸の西にある、小国。魔光石の鉱山がある、あの国だ!』


ライナスの報告は、私たちの予想を遥かに超えるものだった。

ジークフリート王子との共同作戦を準備している、まさにその裏で、敵はすでに次の一手を打っていたのだ。


「なんと……!奴ら、我々の動きを読んでいたというのか……!」


陛下が悔しそうに歯噛みする。


『おそらく、そうだ。奴らの情報網は、我々の想像以上に根深い。そして、奴らの狙いは単なる鉱山の独占ではない。その国で、何かとんでもないことを始めるつもりだ。急がねば、手遅れになる!』


ライナスの声が、事態の深刻さを物語っていた。

皇帝と騎士団長の恋の鞘当ては、最悪の形で中断された。

私たちの目の前には、大陸全土を揺るがしかねない、新たな危機が迫っていた。


私は二人の英雄に向き直ると、きっぱりと言った。

「陛下、レオン様。痴話喧嘩は、また後でお願いします。……どうやら、緊急の『お片付け』が必要なようですわね」

私の言葉に、二人ははっと我に返ると、真剣な表情で頷き合った。

私たちのチームが、再び動き出す時が来たのだ。

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