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第39話 平和な日々の業務改善と二人の騎士

東の大国ガルニア帝国との間にあった戦争の危機は、私のささやかな『贈り物』によって思いがけない形で回避された。

野心家の第一皇子ジークフリートは父帝の病という弱みと私が与えた『成長する剣』という餌を天秤にかけ、内政の安定を選ぶだろう。

そして穏健派の第二皇子クラウスは私に大きな恩義を感じ、兄の暴走を抑えるための協力者となった。


まさに一石二鳥、いや一石三鳥の成果だった。

王都に戻った私を待っていたのは、皇帝陛下からの最大級の賛辞とレオン様の心配と嫉妬が入り混じった複雑な視線、そして山のような通常業務だった。


「ミカ嬢、本当にご苦労だった。君のおかげでこの国は百年分の平和を得たと言っても過言ではない」


皇帝執務室でアルベルト陛下は心からの笑顔で私を労ってくれた。その金の瞳は以前にも増して私への信頼と、隠しきれない愛情に満ちている。


「もったいないお言葉です。これも全て陛下のご決断と、レオン様が私を守ってくださったおかげですわ」


私が謙遜すると、隣に立っていたレオン様がふいっと顔を背けた。

まだジークフリート王子に「妃に迎える」と言われたことを根に持っているらしい。その分かりやすいやきもちが、なんだか微笑ましかった。


「さてミカ。帝国との問題は一段落したが、我々の『お片付け』はまだ始まったばかりだ。君には早速、次の企画に取り掛かってもらいたい」


そう言って陛下が私に示したのは、この国の『教育制度』に関する資料の山だった。


「教育、ですか?」


「うむ。これまでの調査で国内の教育水準に著しい地域格差があることが判明している。特に平民が高度な教育を受ける機会はほとんどないに等しい。これでは長期的な国の発展は望めない」


陛下の言葉には王としての強い意志がこもっていた。彼は本当にこの国を心の底から愛しているのだ。


「全ての民がその才能を最大限に発揮できる国。それこそが私の目指す理想なのだ」


「承知いたしました。まずは現状の教育システムの課題を洗い出し、問題点を整理するところから始めましょう。いわゆる現状把握分析ですね」


私の専門用語に陛下はもう慣れたもので、楽しそうに頷いた。


こうして私の新たな企画、『国家教育システム最適化計画』が始まった。

私は早速スキルを全開にして国中の教育機関の記録、教師の質、教科書の内容、そして卒業生の進路まで、ありとあらゆる情報をデータベース化し分析を始めた。


その作業は数日間に及んだ。

私の新しい執務室には連日膨大な資料が運び込まれ、壁には分析結果を示す図表がびっしりと貼り出されていく。その様子はさながら大規模企画の作戦司令室のようだった。


そんなある日の午後。私が分析作業に没頭していると執務室の扉がノックされた。


「ミカ嬢、少し休憩したらどうだ。根を詰めすぎだ」


入ってきたのはレオン様だった。その手には温かいミルクティーと甘い焼き菓子の皿。

彼は私が仕事に集中しすぎると、こうして必ず差し入れを持ってきてくれる。そのさりげない優しさが私の疲れた心を癒してくれた。


「ありがとうございます、レオン様。ちょうど面白いことが分かったところなんです」


私はミルクティーを一口飲むと、壁に貼った一枚の図を指さした。


「この国の初等教育で使われている教科書ですが、その内容は百年以上ほとんど変わっていません。特に歴史の教科書はひどいものです。特定の貴族の功績ばかりが強調され、王家にとって都合の悪い事実は巧みに隠蔽されている。これでは子供たちが正しい歴史認識を持つことなどできません」


「……なんと。教育の場まで腐敗していたというのか」


レオン様が苦々しげに顔を歪める。


「ええ。ですからまずは教科書の全面的な改訂から始めるべきです。事実に基づいた公平で、そして何より子供たちが読んで『面白い』と思えるような新しい教科書を作るんです」


「面白い教科書か。君らしい発想だな」


彼がふっと笑みを浮かべた、その時だった。

執務室のもう一つの扉、皇帝執務室へと続くすりガラスの扉がすっと開いた。


「ミカ、面白い話をしているな。私も混ぜてもらおうか」


現れたのはもちろんアルベルト陛下だった。彼は私の執務室に自分の部屋のように気軽に入ってくる。


「陛下。ちょうど教科書改訂企画のご提案をしようと思っていたところです」


「ほう。聞かせてもらおうか」


陛下は私の隣に立つと、私が作った分析図を興味深そうに眺め始めた。その距離があまりにも近い。陛下の纏う高貴な香りに、私の心臓が少しだけ速く脈打った。


その様子を見ていたレオン様の眉間に、ぐっと深い皺が刻まれる。あからさまな嫉妬の雰囲気だった。


(うわあ……。またこのパターン……)


私は二人の英雄からの重く甘い視線に挟まれながら、必死に企画の説明を続けた。


「……というわけで歴史、地理、算術、全ての教科書を刷新します。その編纂チームのリーダーとしてある人物を推薦したいのですが」


「誰だ?」


「第二皇子、クラウス殿下です」


私の提案に陛下とレオン様は目を見合わせた。


「クラウス王子をか。確かに彼はこの大陸で随一の知識人だ。適任かもしれん。だが彼をこの国に招くとなれば、帝国との関係がまた複雑にならんか?」


陛下の懸念はもっともだった。


「その点は問題ありません。先日クラウス王子から極秘の書簡が届きました。『兄ジークフリートが摂政となり父帝は病の療養に専念することになった。これで帝国は当分内政に集中することになるだろう。これも全てあなたのおかげだ』と。そしてこうも書かれていました。『もしあなたの国で私の知識が必要となるならばいつでも力を貸そう』と」


「……なんと。君は帝国の後継者争いまで手玉に取っていたというのか」


陛下は呆れたように、しかし感嘆の表情で私を見た。


こうして私の提案は全面的に承認された。数週間後にはクラウス王子を団長とする各国の若き賢者たちを集めた『教科書編纂委員会』が、王都で発足することになるだろう。


私の仕事は順調に進んでいる。国は確実に良い方向へと向かっている。

しかし私の心はなぜか晴れなかった。

二人の英雄からのあまりにも重すぎる愛情。

私はこの二つの太陽のどちらかを選ぶことなどできはしない。


このままではいつかこの完璧なチームの均衡が崩れてしまうかもしれない。


その夜。私は一人執務室の窓から星空を見上げていた。

穏やかなスローライフを夢見ていたはずなのに、いつの間にか国の未来と二人の英雄の心を左右するとんでもない立場に立たされている。


(私、これからどうなっちゃうんだろう……)


私の異世界でのキャリアパスは、どうやら誰も予測できない未知の領域へと突入してしまったようだった。

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