第37話 帝国の脅威と二人の王子
ガルニア帝国が国境付近で不穏な動きを見せている。
ライナスからもたらされた衝撃的な情報は、すぐにアルベルト陛下にも共有された。
皇帝執務室には、再び重苦しい緊張感が立ち込めている。
「やはりな。あの好戦的な皇帝が、この好機を見逃すはずがなかったか」
陛下は壁に広げられた巨大な地図を睨みつけ、吐き捨てるように言った。
ガルニア帝国。
それは、この大陸で唯一我が国と対等に渡り合える軍事大国だ。
現皇帝ヴィクトルは野心家として知られ、これまでも幾度となく領土拡大のための戦争を仕掛けてきていた。
「ライナスの情報によれば、国内に帝国と内通している貴族がいるとのことです。おそらく彼らが偽の情報を流し、帝国をけしかけているのでしょう」
私が冷静に分析を述べると、宰相閣下が青い顔で頷いた。
「もし本当に戦争となれば、アッシュフォード家との内乱で疲弊したこの国では……」
「案ずるな、宰相」
宰相の言葉を遮り、陛下は静かに、しかし力強く言った。
「我々にはミカがいる。そして彼女が最適化してくれた最強の騎士団がいる。たとえ帝国が十万の軍勢で攻めてこようと、我々は負けん」
その絶対的な自信は、私とレオン様への揺るぎない信頼の証だった。
その信頼に、応えなければならない。
「陛下。まずは外交努力を尽くすべきかと存じます。戦争はあくまで最終手段です」
私はそう提案した。
「外交か。しかし、あのヴィクトル皇帝が話し合いに応じるとは思えんが」
「はい。ですから相手は皇帝ではありません。彼の二人の息子です」
私はスキルを使い、帝国皇族の情報を魔法のスクリーンに映し出した。
ガルニア帝国には、二人の対照的な王子がいる。
第一皇子ジークフリート。
彼は父親に似て好戦的で野心的な性格を持ち、軍部の絶大な支持を得ている。
そして、第二皇子クラウス。
彼は病弱で戦いを好まず、学問や芸術を愛する穏健派だ。
しかし、その聡明な頭脳は父である皇帝も一目置いているという。
「この二人の王子は、帝国の次期皇帝の座を巡り激しく対立しています。特に穏健派のクラウス王子は、父親の軍事拡大路線に強い懸念を抱いている。彼と接触することができれば、あるいは帝国を内側から変えることができるかもしれません」
「なるほど。敵の内部対立を利用する、というわけか。……面白い」
陛下は私の提案に興味を示した。
「しかし、どうやって彼と接触する?下手に密使を送ればスパイと見なされ、逆に開戦の口実を与えかねんぞ」
「その点はご安心を。私に一つ、考えがございます」
数日後。
帝国の国境近くにある中立都市アーゲン。
その街の大図書館に、一人の若き学者が古文書の研究のために滞在していた。
学者の名はクラウス。ガルニア帝国の第二皇子、その人だった。
彼は表向きは身分を隠し、一人の学者として静かな時間を過ごしていた。
その日、彼が図書館の一室で希少な古文書の解読に没頭していると、一人の可憐な少女が彼の前に姿を現した。
亜麻色の髪をした大きな瞳の少女。その手には、彼が何年も探し続けていた伝説の詩集が抱えられていた。
「……あの。もしよろしければ、この本、お譲りいたしましょうか?」
少女は少しはにかみながら言った。
「き、君は……!なぜ、その本を……!」
クラウスは驚きに目を見開いた。
その少女こそ、私、ミカ・アシュフィールドだった。
私はライナスからの情報と私のスキルを使い、クラウス王子がこの街にお忍びで来ていること、そして彼が探している本の情報を正確に突き止めていた。
そして、その本を『開かずの倉庫』の膨大なデータベースから探し出し、彼との自然な接触を演出したのだ。
もちろん、私のすぐそばには旅の用心棒に扮したレオン様が、鋭い視線で周囲を警戒している。
「私は、ただの旅の本好きです。この本は私には少し難しすぎるようで……。あなたのような本当の研究家の方に読んでいただいたほうが、この本も幸せでしょうから」
私は純粋な善意を装い、彼に本を手渡した。
クラウス王子は最初こそ警戒していたが、私のあまりにも無防備な笑顔と本への純粋な愛情を感じ取ったのか、次第に心を開いていった。
私たちは、その日一日中、本のことで語り合った。
歴史、文学、魔法理論。彼の知識は本物だった。
私も前世の記憶とスキルで得た知識を総動員し、彼と対等に議論を交わした。
「……君はすごいな。こんなに話が合う女性に出会ったのは、生まれて初めてだ」
夕暮れのカフェで、クラウス王子は少し頬を染めながら言った。
その純粋な瞳に、私は少しだけ罪悪感を感じていた。彼を利用しようとしている、という罪悪感を。
「……クラウス様。私は、あなたの力が必要です」
私は意を決して切り出した。
「え……?」
「このままでは、私の国とあなたの国は戦争になります。それは多くの民の血が流れる悲劇です。私は、それを止めたい」
私が本当の目的を告げると、彼の顔からすっと血の気が引いた。
「……君は、一体何者なんだ」
「私は、クラインハルト王国の国家最高顧問、ミカ・アシュフィールドと申します」
私の正体を明かした瞬間、店の外がにわかに騒がしくなった。
「見つけたぞ!クラウス王子とクラインハルトの密偵だ!」
店の扉を蹴破って現れたのは、鎧に身を包んだ十数人の兵士たちだった。
その鎧に刻まれた紋章は、ガルニア帝国第一皇子ジークフリートのもの。
兄が弟の動向を監視し、この密会を突き止めたのだ。
「しまった……!罠か!」
クラウス王子が青ざめる。
「クラウス王子!こちらへ!」
レオン様が叫び、私と王子の前に立ちはだかった。
店は完全に包囲されている。まさに絶体絶命のピンチだった。
「はっはっは!愚かな弟よ!敵国の女狐に誑かされおって!これでお前も終わりだ!お前を国家反逆罪で捕縛し、俺が次期皇帝となる!」
兵士たちの中から、高圧的な高笑いが響く。
ジークフリート王子本人も、この場に来ているらしい。
「レオン様!王子を連れて、裏口から逃げてください!」
「何を言う、ミカ嬢!君を置いていけるか!」
「大丈夫です!私には考えがありますから!」
私はレオン様を無理やり裏口へと押しやった。
そして、一人、ジークフリート王子とその兵士たちの前に立ちはだかる。
「あらあら、物騒ですこと。第一皇子殿下」
私は絶体絶命のこの状況で、あえて不敵に微笑んでみせた。
「あなた、何か大きな勘違いをなさっているのではありませんこと?」
「何だと、小娘!」
「私はクラウス王子と密会などしておりませんわ。私はただ、あなたに会いに来ただけですのに」
私の予想外の言葉に、ジークフリート王子は目を丸くした。
「……私に、だと?」
「ええ。あなたという勇猛果敢で、次期皇帝に最もふさわしい方に、我が国からのささやかな贈り物をお届けに上がりましたのよ」
私はそう言うと、アイテムボックスから一つの豪華な箱を取り出した。
それが、この日のために私が用意しておいた、起死回生の切り札だった。




