第3話 星詠みの羅針盤と騎士の驚愕
「あそこの、ガラクタの山の、中腹あたりです」
私の言葉に、レオン様――騎士団長のレオン・アークライトは絶句していた。
彼の蒼い瞳が信じられないという色と、今までそこにはなかったはずの熱を帯びた期待の色に揺らめいている。
「……本気か?」
絞り出すような声だった。
百年間、騎士団の誰もが見つけられなかったというのに。この国中から集められた碩学たちでさえ、その場所を特定できなかったというのに。
目の前の、まだ幼さの残る少女が、たった数時間でそれを見つけ出したとでもいうのか。
常識的に考えればあり得ない。だが、先ほどの薬草仕分けの光景が脳裏に焼き付いて離れない。
小山のような薬草が、ひとりでに種類と品質ごとに分類されていく様は、もはや魔法というより奇跡のようだった。
このミカ・アシュフィールドという少女のスキルは、常識を超えている。
「私のスキルがそう示しています。データベース……いえ、台帳にそう書いてある、と思っていただければ」
私の言葉に、レオン様はごくりと喉を鳴らした。
その視線は、私が指し示したゴミの山脈に釘付けになっている。
彼にとって、その『星詠みの羅針盤』がただの伝説のお宝ではないことだけは、私にも痛いほど伝わってきた。
「行くぞ。案内しろ」
彼の声には先ほどまでの猜疑心など微塵もなく、ただひたすらに切実な響きがあった。
「は、はい」
レオン様は屈強な騎士らしく、瓦礫の山に臆することなく足を踏み出す。
足元では何かの金属片が嫌な音を立て、いつ崩れてもおかしくない瓦礫が不安定に積み上がっていた。一歩進むごとに、数百年分の埃がぶわりと舞い上がる。
(まるで、床に散乱したLANケーブルとホコリの塊を避けながら歩く、深夜のサーバルームみたい……)
前世の記憶が蘇り、私は小さくため息をついた。
物理的な踏破は、どうにも面倒くさい。こういう非効率な作業は、私の性分に合わなかった。
私はそっとスキルに意識を集中させる。
「スキル、発動。目標地点までの最短経路上にある、不安定なオブジェクトを一時的に収納します」
ピコン、ピコン、ピコンッ!
連続する軽快なシステム音と共に、私たちの目の前にあったガラクタの小山や、危なっかしく突き出ていた鉄パイプのようなものが次々と光の粒子となって消えていく。
そしてガラクタの山脈の中に、まるで獣道のような安全な一本のルートがすうっと現れた。
「なっ……!?」
前を歩いていたレオン様が息を呑んで振り返る。彼の蒼い瞳がまたしても驚愕に見開かれていた。
その表情を見るのは、今日で何度目だろうか。
「これも、君のスキルか……?」
「ええ。物理的な障害の除去も、整理整頓の一環ですので」
「障害の除去……。まるで道を作る魔法だな」
「いえ、魔法ではありません。いわば『デフラグ』ですね」
「でふらぐ……? それは、何かの呪文か?」
真剣な顔で問い返されて、私は思わず吹き出しそうになった。
私の現代用語が、彼の眉間に深い皺を刻ませてしまったらしい。
「いえ、ええと……道の乱れを正す、みたいな意味です。ほら、綺麗になったでしょう?」
私は曖昧に微笑んで誤魔化し、開かれた道を指さした。
「さあ、どうぞ。これで安全です」
レオン様はしばらく呆然と道と私を見比べていたが、やがて何かを振り切るように前を向き、足早に進み始めた。
彼の背中からは、先ほどよりもさらに強い焦燥感と期待が感じられた。
スキルが示した『エリアG-34』は、倉庫の奥深くにあった。
そこにはひときわ大きな木箱が、さらに別のガラクタの山に埋もれるようにして鎮座している。
【大型木箱(商品番号G-34-089)】
これだ。
レオン様はその木箱を認めると、腰の剣を抜こうと柄に手をかけた。おそらく周りのガラクタを力ずくで排除するつもりなのだろう。
「レオン様、お待ちください。危ないですよ」
「しかし!」
「こういう時こそ、私の出番です」
私はレオン様を手で制すると、ガラクタの山全体に意識を向けた。
(ターゲット周辺のアイテムをまとめて収納……っと)
「スキル、発動」
ピコンッ!
今までで一番大きなシステム音が響いたかと思うと、木箱を覆っていたガラクタの山が一瞬にして跡形もなく消え去った。
がらんとした空間に、ぽつんと古びた巨大な木箱だけが残される。
「…………」
レオン様は完全に言葉を失っていた。剣の柄に置かれたままだった手が、力なく滑り落ちる。
もはや驚くという感情の閾値を、とうの昔に超えてしまったのかもしれない。
その光景は私から見ても、なかなかに非現実的だった。
彼はゆっくりと木箱に近づくと、その表面に積もった数百年分の埃を手でそっと払った。
そして錆び付いた留め金を、力を込めてこじ開ける。
ギィ……という鈍い音と共に、蓋が開け放たれた。
その中に、それはあった。
黒いビロードの布に大切に包まれるようにして置かれた、一つの羅針盤。
白銀の台座に、星空を閉じ込めたような瑠璃色の盤面。盤上では水晶でできた針が、微かな光を放ちながらゆっくりと震えている。
これが、『星詠みの羅針盤』。
レオン様は震える手で、その羅針盤をそっと持ち上げた。まるで壊れ物を扱うかのように、慎重に。
その横顔には長年の悲願が達成された安堵と、深い感動が刻まれていた。
私の視界にも自動で詳細情報が表示された。レオン様には見えない半透明のウィンドウが開き、羅針盤の驚くべきスペックがリストアップされる。
【星詠みの羅針盤】
カテゴリ:伝説級魔道具 / 固有装備
状態:良好。ただし、魔力安定回路の経年劣化により、微弱な魔力漏出を検知。
主要機能:磁場に影響されず、天体の配置と運命の因果律を観測し、世界のあらゆる場所への正確な方位を示す。
最適化案:漏出魔力を再利用し、魔力安定回路を自己修復するよう内部構造を最適化可能。実行した場合、方位精度が15%向上し、副次機能として「短期天候予測」が解放されます。
「……最適化、ですか」
「何か言ったか?」
私の呟きに、レオン様が顔を上げた。
「いえ。この羅針盤、少し魔力が漏れているようですが、私のスキルで修理……いえ、性能向上までできるみたいです」
「……性能、向上だと?」
レオン様は羅針盤と私を、信じられないものを見る目で見比べた。
「馬鹿なことを言うな。これは国宝級の、いや、それ以上の伝説の魔道具だ。下手に触れて壊れでもしたら……」
「大丈夫です。私のスキルは《完璧なる整理整頓》。物事をあるべき正しい姿にするのが仕事ですので」
伝説の道具を見つけ出すだけでも奇跡なのに、それをさらに改良できるなど、彼の常識を遥かに超えているのだろう。
彼の躊躇も無理はなかった。
しかし、この少女なら。
常識外れのスキルを持つこの娘なら、あるいは。
レオン様はしばらく葛藤していたが、やがて意を決したように深く頷いた。
「……分かった。君を信じよう」
その言葉に、私はそっと羅針盤に手をかざし、頭の中で「最適化を実行」と念じた。
ピコン。
羅針盤が、ふわりと柔らかな光を放った。
盤上の星々がきらめき、水晶の針が一度だけ大きく回転すると、ぴたりと真北を指して静止する。
盤面の瑠璃色は以前よりも深い蒼穹の色合いを帯び、まるで夜空そのものを閉じ込めたかのように澄み渡っていた。




