第27話 影の一族と反撃の計画
自分のルーツが、今この国を揺るがしている黒幕「アッシュフォード家」にある。
その衝撃的な事実を知った翌日、私は不思議なほど冷静だった。まるで、システムのリリース直前に致命的なバグが発覚した時のような、ある種のゾーンに入っている感覚だ。感傷に浸る暇はない。やるべきことは、ただ一つ。この巨大で複雑な問題を『お片付け』することだけだった。
私の執務室は、再び国の最高首脳が集まる作戦本部と化していた。皇帝アルベルト陛下、騎士団長のレオン様、そして宰相閣下。皆が、私が禁書庫から持ち出した黒い記録簿――『王家直属・影の監査官 アッシュフォード家 年代記』――を深刻な表情で覗き込んでいる。
「まさか、アッシュフォード家が生き延びていたとは。しかも、我々の足元でこれほどの計画を練っていたとは、完全に我々の失態だ」
宰相閣下が、悔しそうに呻いた。
「いえ、彼らの隠密能力は我々の想像を遥かに超えています。三十年間、騎士団の諜報網にすら一切かからなかったのですから。これは、誰の責任でもありません」
レオン様が冷静に分析する。
「問題は、彼らの目的だ」
アルベルト陛下が静かに口を開いた。彼の金の瞳には、かつてないほど冷たく、そして鋭い光が宿っている。
「王家への復讐か。あるいは、かつて彼らが持っていた『影の権力』の奪還か。……ミカ、君はどう思う?」
陛下に問われ、私は自分の考えを述べ始めた。
「おそらく、その両方でしょう。しかし、彼らのやり方は単なる破壊や復讐ではありません。ヴァイスハイト家の残党を扇動し、偽の勅命で王家の正統性を揺るがそうとしました。これは、非常に知的で計画的な犯行です」
私は立ち上がると、一枚の大きな羊皮紙を壁に貼り付けた。そこには、私が昨夜徹夜で作った、今回の事件の完全な相関図が描かれている。いわゆる、プロジェクトの全体像を可視化した、WBS(Work Breakdown Structure)のようなものだ。
「彼らアッシュフォード家の最終的な目標は、おそらく『この国を影から支配する、真の支配者になること』だと推測します。そのためには、まず現体制の権威を徹底的に失墜させる必要があります。第一フェーズが、舞踏会での『情報テロ』でした」
私の言葉に、皆がごくりと喉を鳴らす。
「そして、彼らは必ず次の手を打ってきます。おそらく、今度は経済的な大混乱を引き起こすでしょう。王都の食料流通を止めて民衆の不安を煽る。あるいは、主要な商会を裏から操り、国の金融システムを麻痺させる。そうやって、民衆に『今の皇帝では国は守れない』と思わせる。それが彼らの第二フェーズになるはずです」
私のあまりにも具体的で的確な予測に、宰相閣下は感嘆の声を漏らした。
「……ミカ殿。君はまるで、敵の心を読んでいるかのようだ」
「いえ。これはリスクマネジメントの基本です。あらゆる最悪の事態を想定し、それぞれに対策を準備しておく。それだけのことですわ」
私は、前世で嫌というほど叩き込まれたプロジェクト管理の鉄則を口にした。
「では、どうするのだ。敵の次の攻撃を、ただ待つしかないのか」
レオン様が焦れたように尋ねる。
「いいえ」
私はきっぱりと首を振った。
「最高の防御は、攻撃です。こちらから仕掛けます」
私は相関図のある一点を指さした。
「彼らのアキレス腱。それは資金源です。どんなに優れた計画も、どんなに強い組織も、金がなければ動きません。彼らのキャッシュフローを完全に断ち切るのです」
「しかし、彼らの資金源はグラシエ伯爵の砂糖事業だけではなかったはずだ。ヴァイスハイト家の残党が三十年間蓄えてきた、隠し財産もある」
陛下の的確な指摘に、私は頷いた。
「おっしゃる通りです。だからこそ、その隠し財産の在処を特定します」
「そんなことが可能なのか?」
「可能です」
私は自信を持って頷いた。
「私のスキルは、物の来歴を追跡することができます。ヴァイスハイト家の残党が捕縛された際に身につけていた衣服、装飾品、その全てをスキャンしました。それらがどこで、いつ作られ、どのようなルートで彼らの手に渡ったのか。そのサプライチェーンを逆流させるように辿っていけば、必ず金の出所にたどり着けます」
それは途方もなく地道で、骨の折れる作業だった。しかし、私にとっては最も得意とする分野だ。複雑に絡み合った情報の糸を一つ一つ解きほぐし、その根源を突き止める。これこそが、《完璧なる整理整頓》の真骨頂なのだから。
「分かった。ミカ、その金の流れの特定を君に一任する」
陛下は決断した。
「レオン。君は騎士団の精鋭を集め、いつでも出撃できる態勢を整えておけ。ミカが敵の金庫の場所を特定した瞬間、我々は電撃的にそこを叩く」
「御意!」
レオン様が力強く応える。その蒼い瞳は、新たな戦いへの決意と、そして私への絶対的な信頼に燃えていた。
作戦会議が終わり、皆がそれぞれの持ち場へと戻っていく。執務室に、私とレオン様の二人だけが残された。彼は何も言わず、ただ私のそばに立ち、私が分析作業を始めるのを見守っていた。その静かな存在感が、私に不思議な安心感を与えてくれる。
「レオン様」
「何だ」
「もし、私が本当にアッシュフォード家の血を引いていたとしたら。あなたは、私のことを軽蔑しますか?」
それは、自分でも驚くほど弱い声だった。心のどこかで、私は自分のルーツに怯えていたのかもしれない。
レオン様は私の問いにすぐには答えなかった。彼はゆっくりと私の前に屈むと、私の両手をその大きな手で包み込んだ。
「ミカ。俺が信じているのは、君の血ではない。君の魂だ」
その、真っ直ぐな瞳。
「君が誰であろうと、どこから来ようと、関係ない。君はミカ・アシュフィールドだ。俺がこの命に代えても守ると誓った、ただ一人の女性だ」
その不器用で、しかし何よりも誠実な言葉。私の胸の奥が、熱く、そして甘く締め付けられる。
「ありがとうございます」
私は、それだけを言うのが精一杯だった。
彼の温かい手に包まれたまま、私はスキルを発動させた。これから始まるのは、この国で最も深い闇へと挑む戦いだ。しかし、もう私に迷いはなかった。隣には私を信じてくれる騎士がいる。そして、玉座では私を導いてくれる皇帝がいる。
ならば、私は私の全力で、この厄介な問題を『お片付け』するだけだ。




