第25話 公開フォレンジックと真実の光
「決定的な証拠……だと?」
乱入者のリーダーは、狼狽を隠しきれず私を睨みつけた。会場の貴族たちも、固唾を飲んで私の一挙手一投足を見守っている。
私は動じることなく優雅に一礼した。そして魔法のスクリーンに向き直る。
「皆様。私のスキル《完璧なる整理整頓》は、ただ物を片付けるだけの力ではございません。その本質は、物事が本来あるべき姿、そして情報と情報の正しい関係性を見つけ出す力。いわば、混沌の中から唯一の真実を抽出する力です」
私は、ゆっくりと語り始めた。
「今から皆様の前で、その力の一端をお見せいたします。この偽りの勅命を、私のスキルで徹底的に分析、解析、そして解体していく。いわば、『公開フォレンジック』ですわ」
聞き慣れない言葉に、貴族たちがざわめく。しかし私は構わず続けた。
「まずは、先ほどご覧いただいた筆跡鑑定の続きから始めましょう」
スクリーンには再び、偽勅命のサインと本物の初代国王のサインが大写しになった。
「先ほどは利き手の違いを指摘しました。しかし問題はそれだけではございません」
私はスキルを発動させた。私の視界の中で二つのサインは無数の微細なポイントに分解され、データとして比較されていく。その解析プロセスが、リアルタイムでスクリーンにグラフィカルに表示された。まるで未来の科学捜査のような光景に、会場はどよめきに包まれる。
「初代国王陛下のサインは、合計で二十七の特徴的な『癖』が確認されています。例えばこの『A』の文字の始筆の角度。そして『t』の横棒の僅かな右上がりの傾斜。さらに最後の署名の、この小さな跳ね。これら二十七の癖が全て揃って初めて、本人の直筆であると証明されるのです」
私は一つ一つの癖を指し示しながら丁寧に解説する。
「では、こちらの勅命のサインはどうでしょう。私のスキルで照合した結果、二十七の癖のうち一致したのはわずかに三つ。不一致率は実に88.9%です。これはもはや、他人の空似と呼ぶことすらおこがましいレベル。ただの稚拙な模倣品に過ぎません」
スクリーンには、大きく赤い文字で『不一致率 88.9%』と表示される。そのあまりにも明確な数字の前に、乱入者のリーダーは顔を真っ青にして後ずさった。
「ま、待て! 文字だけではない! この勅命に込められた魔力はどう説明する! これは紛れもなく、初代国王陛下の王家の魔力だ!」
彼は最後の抵抗とばかりに叫んだ。
「ええ、おっしゃる通りですわ」
私はあっさりとそれを認めた。
「この勅命には、確かに初代国王陛下の魔力の残滓が付着しています。しかし、それこそがこれが偽物である何よりの証拠なのです」
「な、何を……」
「皆様、こちらの映像をご覧ください」
私はスクリーンを切り替えた。そこに映し出されたのは、アイテムボックスに収納してあった、ある一つの小さな品物。それは『開かずの倉庫』で見つけた、初代国王陛下が愛用していたという古い羽ペンのペン先だった。
「これは、初代国王陛下が実際に使われていたペン先です。当然、これには陛下の魔力が強く残っています。そしてこの偽勅命に付着している魔力と、このペン先に残る魔力。二つの波形は完全に一致します」
スクリーン上で、二つの魔力の波形がぴたりと重なった。
「つまり犯人はこの本物のペン先を使って、偽の勅命を書いたのです。そうすることで、鑑定スキルを持つ者を欺こうとした。実に小賢しいトリックですわね」
トリックの種明かしに、会場は驚嘆と、そして犯人への怒りの声に包まれた。
「そ、そんな……ありえない……」
リーダーの男は、その場にへなへなと座り込んだ。彼の信じていた大義名分が、目の前で粉々に砕かれていく。
私はそんな彼に追い打ちをかけるように、最後の一撃を放った。
「そして皆様。これが、決定的で最も単純な証拠ですわ」
私はスキルで、偽勅命のインクの成分を微粒子レベルで分析した。その分析結果がスクリーンに表示される。
「先ほど、私はこのインクを『竜鱗インク』だと申し上げました。それは間違いありません。しかし、私のより詳細な分析によれば、このインクにはごく微量ですが、ある植物の成分が混入しています」
私はそこで、にっこりと微笑んだ。
「その植物とは――私が先日、辺境伯領で栽培を始めたばかりの、あの、『蜜晶花』の蜜ですわ」
その瞬間、会場は完全な沈黙に包まれた。そして次の瞬間、爆発的な笑い声が響き渡る。
笑い出したのは、皇帝アルベルト陛下だった。
「はっはっはっは! そうか、そういうことか! 蜜晶花だと! 三百年前に書かれたはずの勅命に、つい先日この国にもたらされたばかりの植物の蜜が、混入していたと!」
陛下の楽しそうな笑い声につられて、会場中の貴族たちも次々と笑い出した。それは嘲笑だった。
あまりにも間抜けで、お粗末な失敗。三百年前の文書に未来の植物が混入するなど、タイムパラドックスもいいところだ。
「おそらく犯人は、偽勅命をより本物らしく見せるため特殊な魔法インクを使ったのでしょう。そのインクの材料の一つに、たまたま甘味料として出回り始めたばかりの蜜晶花の蜜が使われていた。……違いますか?」
私の問いかけに、リーダーの男はもはや答える言葉もなかった。顔を覆い、ただ震えている。彼もまた、誰かにこの偽勅命を掴まされ、利用された哀れな駒だったのかもしれない。
こうして国家を揺るがした情報テロ事件は、私の常識外れのスキルによって、鮮やかに、そして少しだけ滑稽な形で幕を閉じた。
乱入者たちは騎士たちによって全員捕縛された。舞踏会は一時中断されたが、陛下は高らかに宣言する。
「皆の者、余興は終わりだ! 我が国は、そして我が王家は盤石である! さあ、祝宴の続きを始めようではないか!」
その声に、貴族たちは先ほど以上の熱狂的な歓声で応えた。この事件は逆に、皇帝の権威を、そして私の存在価値を国中に知らしめる結果となったのだ。
その夜。興奮も冷めやらぬ王宮の一室で、私はさすがに疲労困憊し、ソファにぐったりともたれていた。
「……ミカ。見事だった」
レオンが私の隣に座ると、そっと水を差し出してくれた。
「ありがとうございます……。でも、疲れました……。もう二度とあんなプレゼンしたくありません……」
「はは、そう言うな。君は英雄だ」
彼は優しい手つきで、私の頭を撫でた。その大きな手の感触に、私は安心してうとうとと眠気に誘われる。
(あ、ダメだ……意識が……)
私が眠りに落ちる、その瞬間。レオンが私の耳元で、何かを囁いた気がした。それはあまりにも小さな声で聞き取れなかったけれど、とても温かくて、そして少しだけ、切ない響きを持っていた。
私はその声に包まれるようにして、深い、深い眠りへと落ちていった。夢の中では、もう難しい分析も情報戦もなかった。ただ、穏やかな、優しい時間が流れていた。




