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第24話 偽りの勅命と筆頭監査官の反論

舞踏会を襲ったのは、剣戟の音ではなかった。それは静かで、しかし刃よりも鋭い『言葉』のテロだった。


ヴァイスハイト家の残党を名乗る男が掲げた、古びた勅命。それが本物であれば、今、玉座に座る皇帝アルベルトの正統性は根底から覆る。会場はパニックというよりも、息を殺したような不気味な静けさと疑心暗鬼の渦に支配されていた。


騎士たちが乱入者たちを取り囲む。しかし、彼らは一切抵抗する素振りを見せない。武器を捨て、ただリーダー格の男だけが挑戦的な笑みを浮かべて玉座を見据えている。彼らの目的は戦闘ではない。この国の秩序の、精神的な支柱を破壊することこそが狙いだった。


貴族たちの視線は、玉座のアルベルト陛下と壇上の偽勅命との間を不安げに行き来した。信じたくはない。しかし、あの勅命が持つ古びた魔力のオーラは本物のように感じられた。鑑定スキルを持つ貴族が何人か、顔を青くしているのが見える。


「陛下、これは一体」

「あの勅命は本物なのか?」


ひそひそと、しかし確実に疑念の声が広がり始めていた。保守派の貴族たちの中には、これを好機と捉えほくそ笑んでいる者さえいる。


レオンが、私のそばで低く唸った。

「くっ……。奴ら、このタイミングを狙って……!」


彼の言う通り、これは最悪のタイミングで仕掛けられた完璧な情報戦だった。


絶体絶命の状況。誰もがどう動くべきか決めかねていた。


その張り詰めた沈黙を破ったのは私だった。


私はすっと皇帝陛下の前に進み出ると、深々と一礼した。


「陛下。僭越ながら、この筆頭監査官ミカ・アシュフィールドに、彼らとの対話をお許しいただけますでしょうか」


私のあまりにも落ち着き払った声に、会場中の視線が一斉に集まる。


アルベルト陛下は一瞬驚いたように私を見たが、すぐにその金の瞳に絶対的な信頼の色を宿らせて、力強く頷いた。


「許す。……頼んだぞ、ミカ。私の剣よ」


その言葉を背に、私はゆっくりと乱入者たちのリーダーへと向き直った。


ドレスの裾をさばき、優雅に、しかし隙のない所作で彼に一礼する。


「ヴァイスハイト家の使者を名乗る方。その勅命が、初代国王陛下より賜った真実のものであると、おっしゃるのですね」


「いかにも。我らこそが、この国の正統なる血統を受け継ぐ者だ」


男は自信満々に胸を張った。


「素晴らしい。では、その真実をより確かなものとするために、いくつか質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


私の口調は、どこまでも丁寧だった。しかし、その内側には前世で培ったシステム監査官としての、冷徹な刃を隠している。


「何だ、小娘。時間の無駄だぞ」


「いいえ。真実を前にして確認を怠ることこそ、時間の無駄ですわ。いわば、これはデバッグ作業のようなものですから」


私はにっこりと微笑むと、最初の質問を投げかけた。


「まず、その勅命に使われている羊皮紙についてお伺いします。それは、大変見事なものですね」


私はスキルで鑑定した詳細な情報を、会場の全ての人に聞こえるように朗々と語り始めた。


「私の鑑定によりますと、その羊皮紙は今からおよそ三百年前、南方の港町にあった『白浜工房』にて特別に鞣されたもの。王家に献上された記録も、確かに残っております。素晴らしい品質ですわ」


私の言葉に、男は得意げに頷いた。


「ほう。少しは見る目があるようだな」


「ええ。少しだけ。……では次に、インクについて。このインクは竜の鱗を焼いた灰を混ぜた、最高級の『竜鱗インク』ですね。これもまた二百八十年前に、北のドワーフの国から献上された記録がございます。退色を防ぐ特殊な魔法がかけられている、逸品です」


「その通りだ。それがどうした」


男は少し苛立ったように言った。


私はそこで、ふっと表情を消した。そして、氷のように冷たい声で、核心を突く。


「おかしいでは、ありませんこと?」


「……何がだ」


「羊皮紙が王宮に納められたのは、三百年以上前。そしてインクが納められたのは、二百八十年ほど前。私のデータベースを検索した限り、この二つが同じ時期に王家の書記局に存在したという記録は一切ございません」


私の言葉に、会場がざわめいた。


「白浜工房は、インクが納められるよりも十年も前に火事で焼失し、閉鎖されております。存在しない工房の羊皮紙と、まだ存在しないインク。その二つが、どうやって一つの勅命の上で出会うことができたのでしょう?まるで、時空を超えた奇跡ですわね」


私の指摘に、男の顔色が変わった。


「そ、それは……王家の記録が不完全なだけだ!記録に残らぬ特別なルートで、献上されたものかもしれん!」


「なるほど。記録に残らない、特別なルート。結構ですわ。では、次の質問に参りましょう」


私は一切、彼に反論の隙を与えない。


「その勅命は、初代国王陛下の直筆であるとされておりますね?」


「無論だ!」


「では、お尋ねします。初代国王陛下は大変な左利きであられたと、記録にございます。その筆跡は、インクの流れや筆圧に独特の癖がありました。しかし……」


私は魔法のスクリーンを再び出現させると、偽勅命の文字と、図書館からデータベース化した本物の初代国王の文字を並べて大写しにした。


「この勅命の文字。インクの微かな擦れ、そして羊皮紙に残る筆圧の痕跡。その全てが、右利きの人間によって書かれたことを示しております。これは、どう説明なさいますか?」


スクリーンに映し出された、動かぬ証拠。


ミクロレベルで比較された二つの文字は、誰の目にも明らかに別人の手によるものだと分かった。


男の額に、脂汗が浮かぶ。


会場の雰囲気は、先ほどとは一変していた。貴族たちの疑念の目は、今や壇上の男へと集中している。


「ぐっ……。こ、これは……陛下が何らかの理由で、右で書かれたのかもしれん!あるいは、代筆を……」


男の苦し紛れの言い訳を、私は冷ややかに一蹴した。


「代筆、ですか。王位継承に関する、国家の最重要機密文書を?ありえませんわ。……ですが、あなたの言う通り、まだ100%偽物だと断定するには、早いかもしれませんね」


私はそこで一度言葉を切り、会場の全ての人間を見渡した。そして、玉座の陛下を見つめて高らかに宣言する。


「皆様、ご安心ください。私にはこれが完全な偽物であると証明できる、決定的な証拠がございます。今から皆様の前で、この文書の全てを白日の下に晒してご覧にいれましょう」


私の自信に満ちた声が、静まり返った『天球の間』に響き渡った。


アルベルト陛下が満足げに、そしてどこまでも愛おしそうに私を見つめて頷く。


レオンが私のそばで、誇らしげに胸を張る。


さあ、ショータイムの始まりだ。情報戦の第二ラウンド。私のスキルが、真価を発揮する時が来た。

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