第23話 舞踏会の裏側と新たな火種
舞踏会はその後も華やかに、そして水面下では熾烈に続いていた。
私は皇帝陛下の隣で完璧な淑女を演じながら、次々と接触してくる貴族たちの情報を収集し分析する。そしてこちらの望む方向へと世論を誘導していく。それはまさに情報戦だった。
保守派の貴族には彼らの不正の証拠をそれとなく匂わせ、牽制する。
改革派の貴族には私のプロジェクトに参加する具体的なメリットを提示し、協力を確約させる。
そして中立派の貴族には、どちらにつくのがより賢明な選択であるかを圧倒的な情報量で示してみせる。
私のスキルはこういう政治的な駆け引きの場でこそ、最強の力を発揮するのかもしれない。
そんな中、私はこれまでノーマークだった一人の人物に注目した。
マーガレット・ローゼンベルクという若い侯爵令嬢だった。
彼女はローゼンベルク侯爵家の一人娘。この家は特に大きな力を持つわけではないが古くからの名門だ。中立派の中でも他の貴族からの人望が厚い。
そしてこのマーガレット嬢は、その美貌と聡明さで若い貴族たちの間で絶大な人気を誇る。いわば社交界の女王のような存在だった。
彼女は誰とも深く話すことなく、ただ優雅に微笑みながら会場の様子を冷静に観察している。
その姿に私は何か引っかかるものを感じた。
スキルで彼女の情報を検索してみる。
すると一つの興味深い事実が判明した。
彼女の母親は三十年前に断絶した、あのヴァイスハイト公爵家の遠縁にあたる人物だったのだ。
マーガレット嬢自身も幼い頃からヴァイスハイト家の悲劇を聞かされて育ったという。
彼女の胸の奥底には現王家に対する複雑な感情が眠っているのかもしれない。
彼女は危険因子になる可能性がある。
しかし逆に味方に引き入れることができれば、これ以上ない強力なカードになるだろう。
私は意を決して彼女に接触することにした。
陛下の許しを得て、私は一人彼女が佇むテラスへと向かった。
「ごきげんよう、ローゼンベルク嬢」
私が声をかけると彼女は少し驚いたように振り返った。
その紫色の瞳が私を値踏みするように見つめる。
「……筆頭監査官、ミカ・アシュフィールド殿。あなたのような時の人が私に何かご用でしょうか」
その声は鈴のように美しいが、どこか人を寄せ付けない冷たさがあった。
「少しお話を伺いたいと思いまして。あなたは、この国の未来をどうお考えですか?」
私のあまりにも単刀直入な問いに、彼女はふっと美しく、しかしどこか寂しげに微笑んだ。
「未来ですか。私はただ古き良き秩序が保たれることを願うばかりですわ。あなたのなさっているような急進的な改革は、多くの軋轢と悲しみを生むだけではありませんこと?」
やはり彼女は改革に対して批判的だった。
しかしその言葉には保守派の貴族たちのような、既得権益への執着は感じられない。
むしろ純粋に変化を恐れているという印象だった。
「変化を恐れていては何も始まりませんわ、ローゼンベルク嬢」
私は静かに言った。
「淀んだ水はやがて全てを腐らせてしまうのです。時には荒療治も必要です。この国に生きる全ての人々が公平に豊かに暮らせる、未来のために」
「……綺麗事ですこと。そのためにどれだけの伝統と誇りが失われると?」
「伝統とは守るべきものと変わるべきものがあります。その見極めこそが今、私たちに求められていることではないでしょうか」
私たちの間を静かで、しかし火花が散るような緊張感が流れる。
彼女は手強い。
しかし同時に分かり合える可能性も感じた。
その時だった。
「マーガレット、こんなところにいたのか」
低い声がした。
現れたのは改革派のリーダー、エインワース伯爵だった。
彼はマーガレット嬢を見ると少し驚いたように、そしてどこかぎこちない表情を浮かべた。
「エインワース様……」
マーガレット嬢も彼を見てその表情を硬くする。
二人の間に流れる何か複雑な空気。
私はスキルで瞬時に二人の関係性を検索した。
――なるほど。
二人はかつて婚約者に近い関係だった。
しかし改革派と中立派という家の立場の違いから、その話は立ち消えになっていたのだ。
だがお互いにまだ未練がある。
これは使える。
「お二人とも、ちょうどよかったわ」
私はわざと明るい声で言った。
「今お二人とそして私とで、この国の未来について少し話をしませんこと? きっと有意義な時間になりますわ」
私の唐突な提案に二人は顔を見合わせる。
これは賭けだった。
しかしこの二人をここで引き合わせることができれば、中立派と改革派の架け橋を作ることができるかもしれない。
私がそんな政治的な計算を働かせている、まさにその時。
舞踏会の会場がにわかに騒がしくなった。
何事かと私たちも会場へと戻る。
するとそこには信じられない光景が広がっていた。
会場の中央で一人の見慣れない男が、大声で何かを叫んでいる。
その手には一つの古びた巻物が握られていた。
「皆の者聞くがいい! 我らこそがこの国の正統なる後継者である!」
男の言葉に会場は大混乱に陥った。
男の周りには同じような黒い服を着た者たちが十数人。彼らはいつの間にか会場に紛れ込んでいたのだ。
「ヴァイスハイトの残党……!?」
レオン様が叫び剣を抜く。
しかし敵は武器を構える様子はない。
リーダー格の男はただその巻物を高々と掲げた。
「これこそが初代国王陛下が、我が祖先ヴァイスハイト公爵に与えた真の王位継承の証である! 現皇帝は偽りの王! この国は我らが取り戻す!」
その衝撃的な宣言。
私の視界に、無慈悲な鑑定結果が浮かび上がった。
【偽造された王位継承の勅命】
状態:極めて精巧に偽造。
特記事項:三百年前の羊皮紙とインクを使用。特殊な魔法により鑑定スキルを欺く効果を付与。
なんてこと。これでは普通の鑑定士には本物としか思えない。
これはテロだ。
武力ではなく情報によるテロ。
彼らはこの国中の貴族が集まる舞踏会で、王家の正統性を根底から揺るがすという最悪の爆弾を投下したのだ。
陛下が玉座から立ち上がる。その顔にはかつてないほどの怒りの色が浮かんでいた。
レオン様が騎士たちに指示を飛ばす。
会場はパニックに陥り悲鳴と怒号が渦巻いている。
私の完璧だったはずの舞踏会のシナリオ。
それが最後の最後で全く想定外の最悪の事態によって、めちゃくちゃにされてしまった。
国家の根幹を揺るがす最大の危機。
私はこの混沌をどうやって『お片付け』すればいいのか。
ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。




