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第22話 決戦の舞踏会と三つの派閥

建国記念舞踏会の夜。

王宮で最も大きな『天球の間』は数百の蝋燭の光に照らされ、まるで昼間のように明るかった。

天井には魔法で星々が煌めき、床は鏡のように磨き上げられて着飾った貴族たちの姿を鮮やかに映し出している。


私は皇帝陛下から賜った夜空のドレスを身にまとい、その隣に立っていた。

首にはサファイアのネックレスが冷たい輝きを放つ。

その姿は自分でも信じられないほど普段の私とはかけ離れていた。


会場中の視線が私に突き刺さるのを感じる。

羨望、嫉妬、好奇心、そして侮蔑。様々な感情が渦巻くここは、貴族社会という名の戦場だ。


(すごい……。完全アウェイのプレゼン会場より緊張する……)


私の緊張を察したのだろうか。

隣に立つ陛下がそっと私の耳元で囁いた。

「心配するなミカ。君は今夜誰よりも美しい。自信を持て」


その甘い声に少しだけ心が安らぐ。


「それに君の騎士もすぐそこにいる」


陛下が視線で示した先には、壁際に控える騎士団長レオン様の姿があった。

彼は儀礼用の純白の騎士服に身を包んでいる。いつもとは違うその姿は驚くほど似合っていて、周囲の令嬢たちがうっとりと熱い視線を送っていた。

しかし彼の蒼い瞳はただまっすぐに私だけを見つめていた。その視線が私に無言の勇気を与えてくれる。


やがて開会の音楽が高らかに鳴り響き舞踏会が始まった。

陛下は最初のワルツを私と踊ると宣言する。

その瞬間会場が大きくどよめいた。皇帝が最初のダンスを王族以外の女性と踊るなど、前代未聞のことだったからだ。


「さあ行こうか。私の筆頭監査官殿」


陛下に手を取られ私はフロアの中央へと導かれる。

彼のリードは完璧だった。私はただ身を任せるだけで、まるで雲の上を歩いているかのように軽やかに踊ることができた。


回りながら会場の景色が目に飛び込んでくる。

貴族たちは大きく三つのグループに分かれているようだった。


一つは古くからの名門貴族で構成された『保守派』だ。先日の税制改革で大きな打撃を受けた彼らは、苦虫を噛み潰したような顔で私たちを睨みつけている。


もう一つは陛下が進める改革を支持する『改革派』。新興の貴族や実力で成り上がった者たちが多い。彼らは期待と少しの不安が入り混じった表情で私たちを見守っている。


そして最後の一つがどちらにも属さない『中立派』だ。彼らはただ事の成り行きを冷静に見極めようとしている。

私の目的はこの舞踏会で三つの派閥の力関係を完全に把握し、こちらの有利なように操作すること。いわば大規模な政治的ネゴシエーションの舞台だった。


ワルツが終わり陛下と私は玉座へと戻った。

すると早速何人かの貴族たちが挨拶にやってくる。

陛下はその全てを私に紹介し会話に加わらせた。

私は事前にデータベース化しておいた情報と目の前の人物の表情や言葉の端々から、その本心を探っていく。


「これはミカ・アシュフィールド殿。お噂はかねがね」


嫌味っぽく話しかけてきたのは保守派の重鎮オルテガ侯爵だ。

「あなたの斬新すぎる改革のおかげで我々の領地は大変な混乱に陥っておりますぞ」


「まあ侯爵様。それは混乱ではなく正常化と呼ぶべきではないでしょうか?長年淀んでいた水が流れ始めれば最初は少し濁るものですよ」

私がにっこり笑って切り返すと彼はぐっと言葉に詰まった。


次にやってきたのは改革派の若きリーダー、エインワース伯爵だった。

「筆頭監査官殿。あなたの計画は素晴らしい。我々の領地でもぜひ蜜晶花の栽培を始めさせていただきたい」


「ええ伯爵、もちろん歓迎いたします。ただそのためにはまずあなたの領地の物流網を再整備する必要がありますね。現状のままではせっかくの作物が王都に届く前に腐ってしまいますよ」


私は彼の領地が抱える根本的な問題を的確に指摘する。

彼は驚いたように目を見開いたがすぐに深く感心したように頷いた。

「……なるほど。そこまでお見通しでしたか。恐れ入りました」


私はこの日のためにスキルで全ての主要貴族の領地の詳細な経営分析レポートを作成しておいたのだ。彼らの弱みも強みも全て私の頭の中にある。

情報こそが最強の武器。前世で骨身に染みて学んだことだ。


次々と貴族たちとの高度な情報戦を繰り広げる私。

その様子を陛下はとても楽しそうに眺めていた。

そしてレオン様は少し離れた場所から心配そうに、しかし絶対的な信頼の眼差しで私を見守ってくれている。


舞踏会が中盤に差し掛かった頃。

私は少し休憩するためにバルコニーに出た。

夜風が火照った体に心地よい。

するとそこにレオン様がそっとやってきた。


「……疲れただろう」


「少しだけ。でも大丈夫です。プロジェクトは今のところ計画通りに進んでいますから」

私が笑うと彼も少しだけ口元を緩めた。


「君は本当にすごいな。あの百戦錬磨の古狸たちを相手に一歩も引かないどころか完全に手玉に取っている」


「そんなことありませんよ。ただ事前準備をしっかりしただけです」


「その準備が誰にも真似できないことなんだ」

彼はそう言うとまっすぐに私を見つめた。

「ミカ。俺は君が眩しい。君の隣に立つには俺はまだ力不足だ」


その珍しく弱気な言葉。

私は思わず彼の手を取って自分の手を重ねていた。

「そんなことありません。私がこうして安心して戦えるのはレオン様がいつも私を守ってくれているからです。あなたは私の最強の盾ですよ」


私の言葉に彼は驚いたように目を見開いた。

そしてその手が私の手を強く、優しく握り返す。

彼の熱い体温が伝わってきた。

その瞬間私たちの間に言葉にならない甘い空気が流れた。


その時だった。

「――お二人さん、随分と仲がよろしいようで」


私たちの雰囲気を打ち破るように声がした。

振り返るとそこに立っていたのは皇帝陛下だった。

その金の瞳は笑っているようで、しかしその奥は全く笑っていなかった。

特にレオンと私が手を繋いでいるのを冷たい視線で見つめている。


(や、やばい……! CEOに上司との不適切な関係を目撃されてしまった……!)


私の頭の中で前世の記憶が警報を鳴らす。

私は慌ててレオンの手を振り払った。

しかし陛下はそんな私たちを意にも介さず私に優雅に手を差し伸べた。


「ミカ。次の曲が始まる。私ともう一曲踊ってくれるな?」


その声は断ることを許さない響きを持っていた。

レオンが悔しそうに唇を噛むのが視界の端に見えた。

私は皇帝陛下の、エスコートで再びフロアへと戻る。


踊りながら陛下が私の耳元で囁いた。

「……あまり私の騎士を誑かさないでくれるかな。彼は君に夢中になりすぎている」


その声は冗談めかしているようで、しかし明確な嫉嫉の色を帯びていた。

皇帝と騎士団長。

この国の二人の頂点に立つ男たちが私を巡って静かな火花を散らしている。

私の平穏なスローライフは一体どこへ。

私はただこれから自分の身に何が降りかかるのか予測もつかないまま、華やかなワルツの渦に身を任せるしかなかった。

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