第11話 忘れられた前王の勅命
「ミカ嬢、君が見つけた武器とは一体何だ?」
レオン様が身を乗り出すようにして尋ねる。彼の声には抑えきれない期待が滲んでいた。
皇帝陛下も静かだが鋭い視線で私の次の言葉を待っている。
私は優雅に紅茶を一口飲むと前世で培ったプレゼンテーション能力を総動員して語り始めた。
「まず大前提として彼ら『古き辺境伯』派閥の貴族たちが低い税率を享受している根拠は、約二百年前に出された『第三代国王アルフォンスの勅命』にあります」
「うむ。アルフォンス王は当時対立していた東の帝国との戦で功績のあった貴族たちに、褒賞として『永代の納税特権』を与えたと記録にあるな」
陛下が淀みなく答える。さすがはこの国の歴史を隅々まで把握している。
「はい。問題はその『永代』という言葉の解釈です。彼らはこれを文字通り未来永劫続く権利だと主張しています。しかし……」
私はそこで一旦言葉を区切った。二人の視線が私に突き刺さるのを感じる。
「私のスキルで当時の勅命の原文と、それに関連する全ての法記録を精査しました。すると非常に興味深い一文が見つかったのです」
私はスキルで思い描いたその文章を、そらで暗唱してみせる。
「『――この特権は、我がクラインハルト王家への揺るぎなき忠誠と、王国への貢献が続く限りにおいて、これを保証するものなり』」
「……なんと」
レオン様が息を呑むのが聞こえた。
「その一文は現在の法典からは削除されている。なぜだ?」
陛下が核心を突く質問を投げかける。その金の瞳は真実を見抜こうと鋭く光っていた。
「おそらく意図的にです。勅命が発布されてから約五十年後、第五代国王の時代に大規模な法典の編纂事業が行われています。その際にこの一文だけが『解釈を明確にするため』という曖昧な理由で削除されていました」
私は静かに、しかし確信を持って続ける。
「当時の編纂責任者は何を隠そう『古き辺境伯』派閥の祖先にあたる貴族です。これはもはや事故ではありません。意図的な情報操作、つまり『改竄』です」
私の言葉に執務室の空気が凍り付いた。
国の根幹をなす法典が特定の貴族の都合の良いように書き換えられていた。それは王家に対する静かなる反逆行為に他ならない。
「つまり彼らの特権はそもそも『王国への貢献』という条件付きだったということか」
陛下の声は低く怒りに満ちていた。
「その通りです。そしてここからが本題です」
私は畳み掛ける。
「私の調査によれば彼ら『古き辺境伯』派閥はここ百年、王国に対して何ら目立った貢献をしていません。むしろ不正な手段で国富を私物化し国力を削いできました。これは勅命に記された『揺るぎなき忠誠と貢献』という条件に明確に違反しています」
私はそこで一呼吸置いた。最後の、そして最も重要な結論を告げるために。
「したがって陛下。あなたは彼らの納税特権を合法的に、かつ大義名分を持って剥奪することができるのです。これは罰ではありません。二百年前の契約を本来あるべき姿に戻す『原状回復』にすぎませんから」
言い切った瞬間、部屋は完全な沈黙に包まれた。
レオン様はあまりの衝撃に言葉を失い固まっている。
そして皇帝陛下は――その口元に獰猛な、それでいて歓喜に満ちた笑みを浮かべていた。
「……素晴らしい。実に見事だ、ミカ・アシュフィールド!」
陛下は心の底から楽しそうに声を上げた。
「二百年間誰も気づかなかった法の穴を、君はたった数日で突き止めた。もはや君はただの監査官ではないな。我が国の最高の法律顧問だ」
「いえ、そんな……。ただ古いドキュメントの仕様変更履歴を追っただけですので……」
最高の褒め言葉に私は恐縮して首を振る。前世の常識がまた口をついて出てしまった。
陛下はすっくと立ち上がると執務室の中をゆっくりと歩き始めた。その足取りには長年の重荷から解放されたかのような軽やかさがあった。
「レオン」
「はっ」
「すぐに宰相と法務大臣を呼べ。緊急の御前会議を開く。議題は『第三代国王アルフォンスの勅命に関する再解釈、および、それに伴う税制改革の断行』だ」
「御意!」
レオン様は力強く返事をすると風のように部屋を飛び出していった。その背中からは歴史が動く瞬間に立ち会っているという、武者震いのような興奮が伝わってきた。
一人残された執務室で陛下は私の前に立つとじっと私の目を見つめた。
その金の瞳には感謝とそして深い信頼の色が浮かんでいる。
「ミカ嬢。君は私に長年抜けなかった喉の骨を取り除いてくれた。この恩は決して忘れん」
「もったいないお言葉です、陛下」
「褒賞を何でも望むがよい。金か? 領地か? それとも高い爵位か?」
陛下の言葉に私は少しだけ考えた。
金も領地も今の私には必要ない。爵位が上がれば面倒な社交が増えるだけだ。
私が本当に欲しいものはただ一つ。
「……陛下。もし褒賞をいただけるのでしたら一つだけ、お願いがございます」
「何だ、言ってみろ」
「最新式の羽ペンとインク。そしてこの国で一番書き心地の良い最高級の羊皮紙を、好きなだけ使える権利が欲しいです」
私のあまりにもささやかな願いに陛下は一瞬、きょとんとした顔をした。
そして次の瞬間声を上げて笑い出した。
「はっ、はっはっ! そうか、君はそっちか! よかろう!」
その笑い声は執務室全体に明るく響き渡った。
「王宮の書庫にある最高級の筆記用具は今日からすべて君のものだ! 思う存分、私のために、この国のために、その知恵を書き記してくれ!」
その日の夕方。
私の執務室には見たこともないほど精巧な作りの羽ペンや、宝石のように輝くインクの小瓶、そして雪のように白い羊皮紙の束が山のように運び込まれた。
皇帝陛下からの最上級の「溺愛」の証だった。
私は新品の羽ペンを手に取り新しい羊皮紙に向かう。
これから始まるのはこの国始まって以来の大改革だ。『古き辺境伯』派閥からの凄まじい抵抗が予想される。
しかし私の心は不思議なほど穏やかだった。
なぜなら私の手には最強の武器があるから。
それはスキルによって磨き上げられた『情報』という名の剣。
そして私の隣には私を絶対的に信頼してくれる若き皇帝と、カタブトの騎士団長がいる。
(さあ、プロジェクトの第二フェーズを開始しましょうか)
私の穏やかなスローライフ計画は完全に消滅した。
代わりに手に入れたのは国を丸ごと『お片付け』するという、最高にエキサイティングな毎日だった。




