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第10話 皇帝陛下のティータイムと新たな『検索』

『騎士団装備・最適化計画』は驚くべき速度で進んでいた。


私が作成した詳細なマニュアルとスキルによる完璧な素材管理のおかげで、王宮の鍛冶師たちは目覚ましい成果を上げている。


最初は半信半疑だった彼らも、試作品の圧倒的な性能を目の当たりにしてからは文字通り寝食を忘れて新しい装備の製造に没頭していた。


レオン様はまるで自分の子供の成長を見守るかのように、毎日キラキラした目で鍛冶場に通い詰めている。そしてそのたびに私の執務室へやってきては、熱っぽく進捗を報告してくれるのだった。


「ミカ嬢! 今日の試作品の剣は、オークの棍棒を三度受けても刃こぼれ一つしなかったぞ!」


「それは素晴らしいですね。耐久性のストレステストも順調なようで何よりです」


「ミカ嬢! 新しい鎧は今までのものよりずっと軽いのに、ゴブリンの矢を弾き返した! 部下たちがまるで羽が生えたようだと喜んでいる!」


「機動性の向上は実戦では生存率に直結しますから。良い結果です」


彼の報告を聞くたびに私は前世のプロジェクトリーダーのように、にこやかに頷きながら内心ではガッツポーズを繰り返していた。計画通りに進むプロジェクトほど気持ちのいいものはない。


そんなある日の午後。

コンコン、と執務室の扉がノックされた。レオン様かと思って「どうぞ」と返事をすると、入ってきたのは意外な人物だった。


「……陛下!?」


そこに立っていたのは数人の侍従を伴った、皇帝アルベルト・フォン・クラインハルト陛下その人だった。

私と隣にいたレオン様が慌てて立ち上がり、最敬礼をする。


「な、なぜ陛下がこのような場所に……!?」


レオン様が驚きと緊張の入り混じった声で尋ねる。

すると皇帝陛下はふっと穏やかに微笑んだ。その表情は執務室で見る厳しい統治者の顔ではなく、年相応の青年のものに近い。


「なに、少し休憩だ。筆頭監査官がきちんと仕事をしているか、抜き打ちで視察に来ただけだよ」


(CEOが直々に現場に差し入れ……!? しかも最高級のやつ……!)


前世の記憶と目の前の光景が結びつかず、私の思考は完全に停止していた。

陛下は侍従に目配せをした。侍従たちは心得たとばかりに、持ってきたテーブルと椅子を執務室の中央に手際よくセッティングしていく。そして極上の香りを放つ紅茶と見たこともないような美しい焼き菓子を並べ始めた。


「さあ、ミカ嬢も座りなさい。レオン、君もだ。たまには肩の力を抜いて茶でも飲まないと、良い仕事はできんぞ」


陛下の言葉は命令だった。


私とレオン様は恐縮しきりながら、陛下の向かいの席にちょこんと腰を下ろす。


侍従が淹れてくれた紅茶は一口飲んだだけで、頭の中の霧が晴れるような芳醇な香りと深い味わいがした。


「……美味しい」


思わず呟くと陛下は満足そうに頷いた。


「だろう? それは南方のドワルト公国から今年初めて輸入された茶葉だ。君の働きのおかげで滞っていた交易交渉が再開してな。その最初の成果物というわけだ」


「私の、働き……?」


「ああ。『星詠みの羅針盤』の最適化のおかげで霧の海の航行が安定した。おかげで海軍はドワルト公国への最短ルートを確保できた。これも君の功績だ」


そう言われて私は初めて自分のしたことが様々な場所に影響を与えているのだと実感した。ただ倉庫を片付けただけ、記録を整理しただけ。そう思っていたけれどその一つ一つがこの国の未来を少しずつ変えているのかもしれない。


「それで、筆頭監査官。次の『お片付け』はどこをターゲットにしているのかな?」


紅茶を一口含み陛下が本題に入った。その金の瞳は好奇心と期待にきらめいている。


私は居住まいを正した。


「はい、陛下。現在は騎士団の装備最適化を進めておりますが、それが軌道に乗った後、次なる課題として国内の『税制』そのものに手を入れたいと考えております」


「税制、か。また大きく出たな」


陛下は面白そうに口の端を上げた。


「はい。これまでの調査でこの国の税制はあまりにも複雑で不公平なものになっていることが判明しました。特に貴族間の税率の不均衡が今回の不正の温床の一つになっています」


私はスキルで頭の中に構築してあるデータベースからいくつかの衝撃的なデータを引き出した。


「例えば私がリストアップした『古き辺境伯』派閥に属する貴族たちは、過去五十年で平均してその領地の収穫高のわずか3%しか納税しておりません。一方で陛下に忠実な中小貴族や一般の市民は収入の40%以上を税として納めています。これでは富が一部に滞り、国の血流が悪くなっている状態です。持続可能なシステムとは言えません」


私の言葉に陛下の金の瞳がすっと鋭さを増した。レオン様も難しい顔で腕を組んでいる。


「やはりそこか。私も長年問題視はしていた。だが税制改革は下手をすれば大規模な内乱に繋がりかねん。彼らの既得権益を奪うことは虎の尾を踏むに等しい」


「ええ。ですからただ『税を上げろ』と言うだけでは彼らは決して納得しないでしょう。必要なのは彼らが反論できない『大義名分』と、従わざるを得ない『証拠』です」


私はそこで言葉を切るとそっとスキルに意識を集中させた。


次なる『検索』の準備だ。


(データベース検索。キーワードは『古き辺境伯』派閥に属する貴族領、および『納税義務の特例措置に関する王家勅令』。年代は建国以来すべて。関連記録をクロスリファレンスし、矛盾点、および法的根拠の脆弱性を抽出せよ)


ピコンッ!


私の頭の中に膨大な法の歴史と土地の登記記録、そして過去の王たちが乱発したであろう数多の勅令が流れ込んでくる。

それは法の抜け穴を探す壮大なハッキング作業だった。


数分間の沈黙。


紅茶の香りが緊張感に満ちた執務室を漂う。


皇帝と騎士団長は息を殺して、静かに目を閉じる私を見守っていた。


やがて私は一つの『解』を見つけ出し、ゆっくりと顔を上げた。


その瞳には確かな自信の光が宿っている。


「……陛下。見つけました。彼らの聖域を合法的に破壊できる強力な武器を」


私の言葉に皇帝アルベルトと騎士団長レオンの視線が突き刺さるように集中する。


私はにっこりと微笑んだ。


「お茶請けには少しばかり刺激が強いお話かもしれませんが……よろしいでしょうか?」


陛下はカップを置くと挑戦的な笑みを浮かべた。


「聞かせてもらおうか、筆頭監査官。君が見つけ出した新たな剣の話を」

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